- 1.アスピリン(アセチルサリチル酸)の作用メカニズム(作用機序)
- 2.アスピリンの歴史(サリシンの発見とアセチルサリチル酸の合成)
- 3.酸素添加酵素:シクロオキシゲナーゼ(cyclooxygenase:COX)
- 4.エイコサノイド(eicosanoids)とは
- 5.アラキドン酸(arachidonic acid:AA)とは
- 6.プロスタグランディン (prostaglandin:PG)とは
- 7.ブラジキニン(bradykinin)とは
- 8.ガンマリノレン酸 (gamma linolenic acid)とは
- 9.抗炎症と鎮痛剤の作用別分類:厚生労働省のガイドライン
- 10. COX2選択鎮痛剤:通称スーパーアスピリン
- 11. スーパーアスピリン(COX2選択鎮痛剤)の発売と心臓血管への副作用問題
1.アスピリン(アセチルサリチル酸)の作用メカニズム(作用機序)
アスピリン(C9H8O4):分子量180.16
アセチルサリチル酸(acetylsalicylic acid)は現在では鎮痛効果よりも、血栓防止のために
服用する人が多くなりましたが、その鎮痛メカニズム、血栓防止メカニズムは
どのように異なるのでしょうか?
歴史の古いアスピリンも、その作用機序が解明されたのは最近のことです。
アスピリン(アセチルサリチル酸)の作用機序はプロスタグランディン (prostaglandin:PG)
の発見により解明されました。
1971年に英国の薬理学者ジョン・ベイン(Vane Sir John R).によって、
痛みや炎症に関係する、内因性生理活性物質(生体調整ホルモン)の化合物群である
プロスタグランディンが発見されました。
ジョン・ベインはサーの称号を与えられ、1982年にノーベル賞を受賞しています。
この発見により、やっと
アスピリンが痛みの原因物質、プロスタグランディンの作用を阻害するというメカニズムが
解明されました。
プロスタグランディンには後述のように前躯体がいくつかあり、タイプにより悪玉、善玉双方に働きます。
不飽和脂肪酸オメガ6(n6系)のアラキドン酸から合成されたタイプ2型の*エイコサノイド(第4項)は
血圧や免疫機能の維持に大切な働きをしますが、過剰となった場合は、
動脈硬化、高血圧、心不全、脂肪肝、アレルギー性湿疹、アトピー性皮膚炎といった症状の
原因物質となります。
現代の食生活はアラキドン酸を作るリノール酸(C18H32O2 分子量280.45)が過剰に
摂取されていることがほとんど。
アラキドン酸からプロスタグランディンを生成する過程において、酵素シクロオキシゲナーゼ(COX)が
プロスタグランディンを作るアラキドン酸の酸化と環化に働きますが、
アスピリンはこの酵素の働きを阻害します。
これがアスピリンの作用メカニズムといわれます。
プロスタグランディンの発見は、アスピリンとは異なる色々な切り口の鎮痛剤を生み出し、
プロスタグランディンの発見がアスピリンを抗血栓薬として使用するきっかけとなりました。
2.アスピリンの歴史(サリシンの発見とアセチルサリチル酸の合成)
古来よりインド、中国、ギリシャなどではヤナギ(willow)の鎮痛効果が知られ、
医療ハーブや生薬として用いられていました。
アスピリンは、1828年前後にドイツのバックナー (Johann Buchner)やイタリーの学者達によって、
ヤナギの樹皮(willow bark)や小枝から鎮痛作用があるサリチルアルコールのグルコシド(配糖体)
サリシン(salicin)が発見されたのが始まりです。
1897年にドイツバイエル社(Bayer & Co)の薬剤師(pharmacist)である
ホフマン博士(Felix Hoffmann)が、ヤナギ抽出物をアセチル化誘導体結晶にして、
副作用が少ない、純粋で安定したアセチルサリチル酸(acetylsalicylic acid)の合成に
成功しました。
1899年には商品化され、アスピリンと名付けられましたが、アスピリンの抗炎症作用メカニズムは、
その後も永年にわたり解明されませんでした。(バイエル社他)
3.酸素添加酵素:シクロオキシゲナーゼ(cyclooxygenase:COX)
アスピリンなど解熱鎮痛剤(NSAID:Non-steroidal anti-inflammatory Drugs)には
胃が荒れる副作用があります。
アスピリンが胃を守る酵素シクロオキシゲナーゼ(以下COX)を破壊するためです。
COXにはCOX-1、COX-2と2種類あり、
COX-1は人体の組織に常在して、胃粘膜の保護などに働きます。
COX-2は炎症や発熱などにかかわる悪玉のプロスタグランジンの生成に関与して出現する物質。
アスピリンは2タイプのCOXを破壊するために、炎症を防ぐと同時に胃も荒らします。
COX-2のみを選択して作用する鎮痛剤があれば胃を荒らすなど副作用が少なくなりますから
医薬品業界はこの開発に向かいました。
4.エイコサノイド(eicosanoids)とは
「エイコサノイド」は
「プロスタグランディン」「プロスタサイクリン」「トロンボ キサン」「ロイコトリエン」という
4つの生体調整ホルモン物質群の総称。
「プロスタサイクリン」「トロンボ キサン」「ロイコトリエン」は「プロスタノイド」とも呼ばれます。
エイコサノイドの語源は上記の生理活性物質が20(eicosa)の炭素鎖構造で構成される
多価不飽和脂肪酸だからです。
5.アラキドン酸(arachidonic acid:AA)とは
アラキドン酸(arachidonic acid:C20H32O2:分子量304.47)はリノール油から作られる
オメガ6のリノール酸(C18H32O2:分子量280.45)が変換したものです。
アラキドン酸(AA)は主として脂肪細胞(マスト細胞)、好中球など白血球の
細胞膜リン脂質から遊離されますが、細胞の種類ごとに特定の酵素が働いて、
構造の異なる生理活性物質群のアラキドン酸代謝物を善玉、悪玉を合わせて100種近く合成します。
構造が少しずつ変化していますが、いずれも強力な作用を持つ物質。
細胞膜リン脂質から滲出したアラキドン酸は大きく分類して、
二つの系統のアラキドン酸代謝物へと変換されます。
a. シクロオキシゲナ-ゼ(cyclooxygenase:COX)
酸素添加酵素によって、一連のプロスタグランディン(PG)やトロンボキサン(TX)が
生成される代謝系、
b. リポキシゲナ-ゼ酸素添加酵素(lipoxygenase)によってPG類縁体のプロスタノイド(上記)と
呼ばれる過酸化脂質が生成される代謝系
以上、2つの経路に分けられます。
アラキドン酸が膜から切り出されてプロスタグランディン(PG)へ変換されるわけですが、
アラキドン酸にCOXが働くと、酸素2分子が導入されます。
6.プロスタグランディン (prostaglandin:PG)とは
プロスタグランディンは1958年に羊の精嚢から分離され、研究が進展しました。
現在プロスタグランディン(以下PG)にはその化学構造中にある5員環(あるいは6員環)の
化学構造の違いからAからJ迄命名されていますが、最初に見つかったのはEとF。
(生理時には子宮と卵巣でE型PG、F型PGが大量に作られ、
子宮が収縮して痛みとなって現われます)
PGE1やPGE2の様に番号が振られていますが、この番号はその化合物の
二重結合の数を表しています。
プロスタグランディンはいずれも脂肪酸から作り出されますが、タイプは、
各細胞種によって決まっています。
プロスタグランディンを作る脂肪酸の種類には以下の三系統があります。
a. ガンマリノレン酸(GLA)
b. アラキドン酸(AA)
c. エイコサペンタエン酸(EPA)
プロスタノイドとはプロスタグランディン類縁体のことで、
トロンボキサンA2(TXA2)、プロスタサイクリン(PG12)、ロイコトリエン(LT)類などの過酸化脂質があります。
*TXA2(トロンボキサンA2)(thromboxane):血管平滑筋収縮、血小板凝集、
*PG12(プロスタサイクリン)(prostacyclin):血管平滑筋弛緩、血小板凝集阻止
*LT (ロイコトリエン)(leukotriene):炎症の原因物質
プロスタノイドは動物体内で合成される一群の生理活性物質。
その合成は、主として、免疫系のマスト細胞、好中球、好塩基性 白血球で行われます。
白血球などが刺激を受けると、各種細胞の細胞膜からオメガ6系のアラキドン酸が遊離され、
酵素によってプロスタノイドのロイコトリエン(LT)、トロンボキサン(TX)、プロスタサイクリン(PG12)など
悪玉、善玉が拮抗して産出されます。
通常、健康な人はこのバランスが保たれています。
ロイコトリエン(LT)、トロンボキサン(TX)ともに幾つかの 種類に分けられますが、
基となる脂肪酸の種類によって善玉作用をもつもの、悪玉作 用を持つものが産出されます。
このなかでもトロンボキサン は血小板凝集作用、血管平滑筋の収縮作用、気管支平滑筋の収縮作用、
動脈の収縮作用などの強力な生理活性を示し、
特に TXA2 は血栓症、狭心症、気管支 喘息などの原因の一つであると考えられます。
過去に喘息を引き起こす物質といわれていたSRS(slow reacting substance of anaphylaxis)は
ロイコトリエンのことです。
血管平滑筋を弛緩させる物質にはプロスタサイクリン(PG12)の他、
一酸化窒素(NO)、ブラジキニン、アドレノメデュリン 、C型ナトリウム利尿ペプチド(CNP)
などがあります。
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7.ブラジキニン(bradykinin)とは
血清中の発痛物質。炎症による痛みの主要起因物質で、9個のアミノ酸からなるポリペプチド。
ブラジキニンは1959年、Rocha e Silva 、Keele 、Armstrongらによって発見されたといわれています。
今日ではブラジキニンが最も強い発痛物質といわれ、それまで最も強力とされたセロトニンの
10倍の発痛作用をもつといわれます。
ブラジキニンはリン脂質を分解するホスホリパ-ゼA2( phospholipase)の活性化を介して
アラキドン酸を遊離し、悪玉プロスタグランディンを産出するという研究があります。
プロスタグランディンは、それ自身は発痛作用を持ちませんが、炎症物質のブラジキニンの
発痛作用を増強しますから、産出されたプロスタグランディンが痛覚受容体を刺激して、
発痛作用、血管拡張作用、急性炎症症状を増幅します。
8.ガンマリノレン酸 (gamma linolenic acid)とは
ガンマリノレン酸は牛乳やバター、オートミールに含有されますが、
リノール酸からも体内で合成することができます。
しかしながらアルコール、ストレス過剰、牛乳、バター、オートミールまたはトランス型脂肪酸等の
過剰摂取(ガンマリノレン酸量500mg位以上)は合成を妨害します。
またガンマリノレン酸は身体がインスリン過多の状態(大食い、高糖分などでの血糖値を高くする環境)にあると、悪玉プロスタグランディン2を作るアラキドン酸へと変化してしまいます。
9.抗炎症と鎮痛剤の作用別分類:厚生労働省のガイドライン
a. メディエーター遊離抑制薬
b. ヒスタミンH1-拮抗薬
c. トロンボキサン阻害薬
d. ロイコトリエン拮抗薬
e. Th2サイトカイン阻害薬
ロイコトリエン合成阻害剤(拮抗薬)とは
アラキドン酸から悪玉の5-ヒドロペルオキシイコサ テトラエン酸
(5-HPETE 5-hydroperoxy eicosa tetraenoic acid)の生合成をする
5-リポキシゲナーゼ(5-lipoxygenase)を阻害する薬の総称。気管支喘息の治療に用いられます。
10. COX2選択鎮痛剤:通称スーパーアスピリン
これまでのアスピリンなどの非ステロイド性消炎・鎮痛薬(Non-steroidal anti-inflammatory Drugs:NSAIDs)は、
炎症を起こす酵素シクロオキシゲナーゼ2(COX-2)と胃を保護する酵素シクロオキシゲナーゼ1(COX-1)の
両方を阻害します。
そのために炎症を抑えるかわりに、最悪は胃に穴が開くなど胃腸障害の副作用が起きることもありました。
そこで、選択的にCOX-2だけを阻害するような解熱鎮痛剤ができれば理想的、ということで開発されたのが
スーパーアスピリン。
アスピリンなど従来の解熱鎮痛剤よりも胃腸障害が少なく、抗炎症・解熱作用が強い(異説もある)ということから、
通称スーパーアスピリンと呼ばれ、2001年は全世界で5000億円以上も売れたといわれます。
これは消炎鎮痛剤として世界第1位の売上です。
中高年になってから急増する慢性関節リュウマチや変性関節症の患者は国内だけでも約70万人
(2000年:厚生労働省リウマチ研究班調査)といわれますから、スーパーアスピリンは多くの人に
歓迎されました。
11. スーパーアスピリン(COX2選択鎮痛剤)の発売と心臓血管への副作用問題
炎症や疼痛に関与するCOX-2のみを選択的に阻害する薬剤として、世界で初めて製品化されたのは
米国ファルマシア社(2003年にファイザー社と事業統合)の
コキシブ系消炎鎮痛剤セレコキシブ(celecoxib:日本での発売予定ブランドはセレコックス)でした。
海外市場ではCelebrex(セレブレックス)またはCelebra(セレブラ)というブランドで売られていますが、
2005年ごろより、心筋梗塞、脳卒中などの副作用があるということで消費者団体からの
批判が強まりました。
ファイザー社はそれでも販売を中止することはありませんでしたが、メルク社(Merck)から
発売されたロフェコキシブ(lofecoxib:ブランド名Vioxx)が発売を中止したことにより、
COX-2選択的阻害薬の副作用の危険性がよりクローズアップされるようになりました。
ファイザー社(Pfizer)は昨年(2007年)に2年ぶりにCelebrex(セレブレックス)の宣伝広告を再開し、
日本でも発売が承認(2007年1月26日)されました。
発売されたのはアステラス製薬のセレコックス錠(100mg、錠200mg)
副作用の危険性はあるものの、承認をしないと悪質な輸入代行業者の跋扈(ばっこ)により
反って危険性が高まるからでしょう。
医師の指導で慎重に使用すべき医薬品です。
「アスピリンの作用機序がハッキリする以前から発売され、評判が芳しくなかった
エトドラク(Etodolac:ハイベン)、メロキシカム(meloxicam:モービック:mobic)にも
COX2選択的作用があることが知られてからは、副作用問題に加えて
高価なスーパーアスピリンは発売当初の勢いが衰えているようです」
初版: 2012年3月
改訂版:2013年3月
改訂版:2015年3月 データの改定は未済