富の集中が加速すれば企業家は「富裕層マーケッティング」に狂奔。
今週のコラムは、いまだに世界各国が苦戦を強いられる難病の癌(がん)に対し
「新抗がん剤開発が高額治療の免疫チェックポイント阻害剤だけで、良いのだろうか」
との疑問からヒストン脱アセチル化酵素阻害剤に目を向けたものです。
ヒストン脱アセチル化酵素阻害の作用機序の詳細解明は長寿にもつながります。
その解明は経済的に多くの患者が恩恵を享受できるだろう抗がん新薬開発につながり、
抗がん剤の選択肢を増やします。
志ある研究者の参入を期待しています。
1. テロメラーゼが癌など悪性腫瘍を活性化、増殖させる?
人類の生死を左右しているだろう細胞分裂時の
テロメア(telomere)の短縮(加齢などによる寿命の短縮)を制御し、
細胞を活性化する酵素は総称してテロメラーゼ(telomerase)と呼ばれます。
テロメラーゼは善玉酵素ですが、長寿酵素と俗称される反面、
細胞の自然死を抑制する作用が癌など悪性腫瘍を活性化、増殖させるはずと
主張する学者も存在し、古くからテロメア、テロメラーゼの研究を進めている
米国東海岸のハーバード大学、MIT大学のエリートグループと
乗り遅れた学者たちとの議論が絶えませんでした。
ところが2009年にテロメラーゼの機能解明にノーベル賞が
与えられてからは、テロメラーゼ研究は多くの研究者が長寿の達成と
病からの解放、特に糖尿病や癌完治の可能性が期待できると
考えるようになりました。
ノーベル医学生理学賞(2009年)を受賞したテロメラーゼの発見: テロメラーゼはレスベラトロール研究の土台
2. 細胞内タンパク質のヒストンの不安定なアセチル化
若々しい健康な人の幹細胞、生殖細胞ではテロメラーゼ(telomerase)が
活性化していますが、癌が増殖している患者の癌細胞でも活性化しています。
二つの相反する作用が体内でどのように調和されているのでしょうか?
細胞内で主要な役割を演じるのは細胞内タンパク質の*ヒストンです。
体内では細胞内のヒストンのテロメラーゼなど酵素による化学反応が
健康維持の主役となっています。
ヒストンの化学反応(modification:化学修飾と訳されています)には
代表的なものにアセチル化、メチル化、リン酸化があります。
発癌抑制のターゲットとなっているのは癌細胞の増殖を阻む(はばむ)
アセチル化(histone acetylation)の促進。
ヒストンのアセチル化(アセチル基が加わる)には
ヒストン・アセチル化酵素(histone acetyl transferase:HAT)が関わり
細胞の寿命を決める継続的な染色体のテロメア切断、がん遺伝子の発現や
増殖制御に密接に関与しています。
*アセチル化(acetylation)
酢酸 のカルボキシル基CH3COOH から ヒドロキシ基-OHを取り除いたアシル基の一種.
構造式は CH 3 CO−
*メチル化(methylation)
CH 3 と表される最も分子量の小さいアルキル置換基の
メチル基(methyl )に置き換えられる化学反応.
ヒドロキシ基やメルカプト基(チオール基)を保護する役割がある.
ヒストンが不安定にアセチル化した状態は癌(がん)のほか、脳疾患、
アルツハイマー病、パーキンソン病、せき髄性筋委縮症など様々な難病に
みられる現象であり、不安定なアセチル化レベルを適正なバランスに修正できれば、
これら難病の治癒につながると考えられています。
反面、ヒストンが低アセチル化(脱アセチル化:アセチル基が加水分解により除去される)すると
発病に関わる遺伝子が転写を続け、癌などが増殖するといわれます。
*細胞内タンパク質ヒストン(Histone)にはDNAがコンパクトに絡んでいますが
その絡んだ構造がヌクレオソーム(nucleosome)と呼ばれるものです。
そのヌクレオソームが集合したものがクロマチン(chromatin)ですが
クロマチン(chromatin)はDNAを取りまとめる構造体というだけでなく
遺伝子発現の制御の働きが大きいことが知られています。
3. 長寿を促進するヒストン脱アセチル化酵素(Histone Deacetylase:HDAC)
ヒストンを脱アセチル化(アセチル基をはずす)させる酵素群は
ヒストン脱アセチル化酵素(Histone Deacetylase:HDAC)と総称され
生体内では(一定条件で)細胞の転写などの活性機能を操作し、長寿に働きますが、
理論的、常識的には癌などの増殖(cytostatic agents)にも働くこととなります。
心臓、脳などの人体に4クラス、18種類が発見されています。
したがって、脱アセチル化作用を阻む脱アセチル化酵素阻害剤(deacetylase inhibitors)が
廉価な治療医薬品開発のコンセプトとなっていました。
*HDAC:ヒストン・デアセチルトランスフェラーゼ
4. 抗がん剤 ゾリンザ以降進展がみられないヒストン脱アセチル化酵素阻害剤
(Histone deacetylase inhibitors)
2011年7月に世界初の*ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤ボリノスタット(Vorinostat)
(商品名ゾリンザ:Zolinza)が日本でも承認されましたが、
認可された皮膚T細胞性リンパ腫以外にも、ボリノスタットの新しいコンセプトが
多くの癌(がん)への転用を期待されていました。
*ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤:Histone deacetylase inhibitors(HDAC)
ところが近年は巨額のリターンが得られる「富裕層マーケッティング」の
免疫療法開発が主流となり、その後の進展はスローペース。
ヒストン脱アセチル化酵素阻害の作用機序の詳細解明に注力すれば、
経済的に多くの患者が恩恵を享受できるだろう新薬開発につながり、
抗がん剤の選択肢が広まると、志ある研究者の参入に期待しています。
ゾリンザの作用機序の詳細については、まだはっきりと解明されていないようですが
ヒストン脱アセチル化酵素を阻害し、がん抑制遺伝子を活性化させるといわれ、
皮膚T細胞性リンパ腫に関しては、既存抗がん剤が効能を示さなかった患者の
3割弱に著しい効果があったようです。
*この医薬品は合成酵素ですから癌細胞の増殖を防ぐ
ヒストン脱アセチル化酵素阻害作用のみに働きます。
5. 食材のヒストン脱アセチル化酵素なら癌の拡散も防ぐ?
ヒストン脱アセチル化酵素研究途上で長寿の酵素として発見されたのが
脱アセチル化酵素(Histone deacetylase)のひとつである*サーチュイン酵素(sirtuin)。
脱アセチルとは細胞内の染色体の末端に位置するテロメアを細胞分裂のたびに
切断する酵素の活性を制御する化学反応ですから
当初、長寿には貢献しても癌の増殖をも促進するのではと疑われていました。
*サーチュイン酵素:Sirtuins( NAD+-dependent deacetylase)
*Sirtuins:silent mating type information regulation
ただし、それは机上や動物実験までの理論であって現実的にはそんなに
簡単なものではありませんでした。
ヒストン脱アセチル化酵素、ヒストン・アセチル化酵素と、ひとくくりに出来ないのは
これらは総称であり、細胞内における存在場所でもかなり異なる種類が存在します。
未知、既知を含めてたくさんの種類がありますから
本来はその酵素の作用をアセチル化、脱アセチル化と一口で差別表現できないともいえます。
作用する脱アセチル化酵素がほとんど同じものでも、温度などの環境や、存在量の多寡、
共働物質の存在などによって真逆の反応を起こすことがあるからです。
不思議なことにヒストン脱アセチル化酵素阻害は多少の差こそありますが
長寿を促進するといわれる健康食材の多くが持つ機能でもあります。
天然の脱アセチル化酵素ならば真逆の反応を示すことがあると、その後立証*(第6項)されましたが
健康体では様々なアセチル化促進酵素と脱アセチル化促進酵素が
ほど良いバランスで体内合成されていると考えられています。
その後研究者らはテロメラーゼの活性化に寄与するサーチュイン活性化物質スタック
(sirtuin activating compound:STACs)を4,000種類以上見出しています。
細胞老化と癌(その16): サーチュイン活性化物質スタック(STAC s)の発見
6. 米国厚生省研究者が立証した長寿効果が期待できる天然のヒストン脱アセチル化酵素
ヒストン脱アセチル化酵素の一つであるサーチュインには幾つもの*タイプが
ありますがSir⒈タイプには細胞分裂時のテロメア―切断を防ぐ
脱アセチル化の長寿作用と、癌を制御する脱アセチル化酵素阻害作用の
(がん抑制酵素を活性化するSRT1720の共働を経由して)
相反する機能があることを説明した*米国厚生省傘下の「*糖尿病、腎と消化器疾患研究所」の
信頼すべき論文があります。
*National Institute of Diabetes, Digestive and Kidney Diseases,
*National Institutes of Health
医療新時代を開くNAD+ NMNその1: NAD+ NMNがサーチュインとコラボレーション: 今井真一郎博士らが長寿と癌(がん)研究に新たな潮流
メチル化を促進する有害物質(発がん物質)を避け腸内細菌の
良好なバランスを保つことも細胞内タンパク質のアセチル化の促進に有効といわれます。