2009年のノーベル医学生理学賞が授与されたテロメラーゼの発見とその機能解明は
ブドウ・レスベラトロール研究の土台。
テロメラーゼを活性化する酵素に働く物質の探求が赤ワインのポリフェノールである
ブドウ・レスベラトロールの機能発見につながりました。
このコラムはノーベル賞を機に過去に書かれた記事より主要部分を抜粋したものです。
1.2009年のノーベル医学生理学賞
2009年のノーベル医学生理学賞は1985年にテロメラーゼ発見と機能解明に関与した3人の学者に
授与されました。
エリザベス・ブラックバーン女史は1970年代よりテロメアの研究に取り組んでいたそうです。
キャロル・グレイダー(Carol Greider) (1961年生まれ:米国人女性) ジョンズ・ホプキンズ大学勤務:
カリフォルニア大学卒(サンタバーバラ校、バークレイ校)
エリザベス・ブラックバーン(Elizabeth Helen Blackburn) (1948年生まれ:オーストリア人女性):
カリフォルニア大学(サンフランシスコ校)勤務:メルボルン大学、ケンブリッジ大学卒
ジャック・ゾスタック(Jack W. Szostak) (1952生まれ:イギリス人男性) ハーバード大学勤務:
マッギル大(McGill University)、コーネル大卒.ラスカー賞受賞:
ラスカー賞は山中博士(万能幹細胞の合成)にも授与されました。
2.テロメアとテロメラーゼ
テロメアとはギリシャ語で端の部分を表します。
人間の寿命がテロメア(telomere)の長さに関係するという研究が確立されたのは1980年代。
古い話ではありません。
テロメアは真核生物の染色体端部にひも状に付属します。
その役割は細胞分裂時の染色体遺伝子転写を損傷から護ることと言われています。
テロメア自身も遺伝子転写の度に損傷して短くなり、6-70回くらいで消滅。
これは細胞死を意味します。
1971年にテロメアの機能を確認していたロシアのオロフニコフ博士(Alexey Matveyevich Olovnikov) は
テロメアの活性に影響する酵素(テロメラーゼ:telomerase)の存在を予言していました。
テロメア紐の保護膜を破壊し、それを短くする酵素に対して、当然のことながら
それを防ぐ酵素(ヒストン脱アセチル化酵素)の存在があるという仮説です。
その後、受賞者らによるテロメラーゼ発見により、博士の仮説は証明されました。
人類の生死を左右しているだろうテロメア(telomere)とテロメラーゼ(telomerase)の機能解明は、
長寿の達成と病から解放、特に癌完治の可能性を示唆します。
加齢により劣勢となる、「老化を防ぐ酵素」のテロメラーゼ。
テロメラーゼを保護、活性化する酵素群の研究は、細胞の自然死を防ぎ、長寿につながりますが、
細胞を自然死させたい癌治療とも密接に関連。
この酵素群の発見と研究により癌や糖尿などの発現を抑制することも期待されています。
すでに発見されている酵素(ヒストン脱アセチル化酵素)の一つはサーチュイン(sirtuins)と名付けられています。
テロメラーゼは原生動物のテトラヒメナ(Tetrahymena)から発見されました。
テロメラーゼはレトロウィルスを先祖に持つといわれます。
その逆転写酵素(reverse transcriptase)機能がテロメアの寿命を保つ鍵です。
レトロウィルス(retrovirus)(後述)には
エイズ・ウィルス、インフルエンザ・ウィルス、肝炎ウィルスなどが知られています。
3.テロメラーゼを活性化させる酵素のサーチュイン
テロメラーゼを活性化させる酵素はハーバード大学のシンクレアー博士とバイオモル社の
ホーウィッツ博士により発見されました。
彼らは細胞内で活性化すると、その寿命を延ばすことが出来る酵素を同定し、
その酵素をサーチュイン(サートゥインス)(sirtuins)と名付けました。
サーチュインにはいくつかのタイプがありますが
(2016年現在サーチュイン・ファミリー、7種類が報告されています)、
その一つのSir2は飢餓させると(カロリー補給が無い)活性化することが知られています
(低カロリーダイエットの理論)。
サーチュインのSir2はほとんどの生物細胞に含まれる
NAD+依存性ヒストン脱アセチル化酵素*(NAD+-dependent deacetylases)。
(*NAD:ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド:nicotinamide adenine dinucleotide)
シンクレアー博士とホーウィッツ博士らは、Sir2を活性化させる成分が、
赤ワイン・ポリフェノールのレスべラトロールにあることを確認しています。
4.ヒストンのアセチル化酵素(HAT)と脱アセチル化酵素(HDAC)とは
サーチュイン(サートゥインス)(sirtuins)等の、ヒストンを脱アセチル化(アセチル基をはずす)する
酵素群はヒストン脱アセチル化酵素(Histone Deacetylase:HDAC)と総称されますが、
心臓、脳などの人体に18種類は発見されているそうです。
細胞にはクロマチンと呼ばれる遺伝子群(DNA)とたんぱく質(ヒストン)の集合体があります。
クロマチンはDNA結合制御タンパク質とよばれるヒストン(Histone)に
DNAが絡む構造(ヌクレオソーム)が集合して構成されています。
このヒストンが酵素群(ヒストンアセチルトランスフェラーゼ:histone acetyl transferase:HAT)により
アセチル化すると、癌などの遺伝子が発現するのを抑制するといわれますが
、ヒストンが低アセチル化(脱アセチル化)すると発病に関わる遺伝子が転写を続け、
増殖するといわれます。
長寿は細胞が増殖(ヒストン脱アセチル化)をし続ければ達成できる。
がん細胞は細胞が増殖を出来ず(ヒストン・アセチル化)に自然死させれば良いことになります。
ただし、これは理論であって実際にはそんなに単純なものではありません。
5.レトロウィルス(retrovirus)とは
エイズはレトロウィルスの一つですが、レトロウィルスとは遺伝子情報を
DNA(デオキシリボ核酸:Deoxyribonucleic acid)からRNA(リボ核酸:Ribonucleic acid)に
伝える一般の遺伝子伝達ではなく、RNAからDNAを作る、逆転写と呼ばれる機能を持つウィルスの総称です。
レトロウィルスは1911年に米国の病理学者ペイトン・ラウス(Peyton Rous)によって発見されました。
標的宿主細胞内(host cells)で作られたウィルスのDNAは宿主細胞の固有DNAに組み込まれ、
細胞分裂とともに増殖をします。
特異な性質を持つため遺伝子工学では遺伝子の運び屋(ヴェクター:vector)として使われます。
ラウス博士は後にラウス肉腫といわれる鶏のがんからウィルスを分離しました。
レトロ・ウィルスが特異的な逆転写酵素(reverse transcriptase)を持つことは、1970年に米国のウィルス学者、テミン(Howard. M. Temin)らが発見。
ラウス、テミン両名ともにノーベル賞を受賞しました。
2012年に同学賞を受賞した山中博士の皮膚からその幹細胞に逆行する理論はまさに
ラウスらの逆転写酵素発見の延長線上です。
2009年10月06日に書かれた記事の復刻改定版です。