長寿社会の勝ち組になるには(その27):
難聴は生活習慣病、癌、認知症とならび加齢によるリスクが高い疾病ですが
発症する年齢はさまざま。
70才、80才を過ぎたら誰もが発症するわけでなく、半数以上は予防に気配りをして
質の高い生活を堪能、満喫されている方々です。
後天的な難聴、失聴は食生活に配慮し、難聴リスクを避けることにより、
誰にでも予防策をとることができます。
特に騒音性難聴は職業由来でなければ防げるものです。
一旦重度の難聴になれば、日常生活の質(quality of life)が大幅に低下し
健常者と較べれば何倍も何十倍も交通事故や天災の危険にさらされます。
文中にご紹介しているミカエル・サイドマン博士によれば、騒音性難聴の大きなリスクファクタ-は
長期的に騒音に曝されること。
騒音は睡眠やコミュニケーション(会話など)の妨げにもなり、高血圧、高血糖、高脂血を誘導し
心臓病リスクも高くなるそうです。
1. 高齢化社会で難聴は世界的な社会問題
WHOによれば世界で人口の約5%の推定4億6千6百万人が重度の
難聴(hearing loss)または失聴(deafness)だそうですが、30数年後の2050年には
9億人(全人口の約12.85%)を推定しています。
主原因は寿命の延びで高齢者が増えていることですが、そればかりではありません。
難聴は乳児期、幼児期、思春期など様々な段階でも発症し、形態も様々。
現在でも世界で3千4百万人が子供だそうです。
また近年はリクレーション(recreational exposure to loud sounds)
を通じての騒音性難聴の増加が懸念されています。
WHO の推定では世界中で7500億ドル(約80兆円)が治療や手話普及、補聴器などに
費やされているとしています。
2. 米国の若者に騒音性難聴が増加している。
2030年には65才以上の高齢者が7,000万人を超えると予想されるアメリカ合衆国。
加齢により増加が予想される認知症、難聴は国の将来の暗雲となる社会問題です。
米国では1,000万人を超える成人、520万人の子供たちがすでに聴音障害を
受けており、3,000万人が危険に曝されているといわれます。
(診療、治療を受けない人が多いと思われますから、この数字はあくまで推定でしょう。
多いのか少ないのかはわかりません)
難聴は先天性や加齢だけではありません。
米国では騒音性難聴(Noise induced hearing loss:NIHL)を患う若者の増加が保健行政の
大きな障害となっているそうです。
騒音性難聴の被災者といえば、これまでは戦地での爆破音や産業用機械の
駆動音が主でした。
難聴には様々な発症形態があり、遺伝や難産、自己責任を問えない、
不可避的な感染症、医薬品などを原因とするものが少なくありませんが、
WHOによれば12才から35才の若年発症の60%は
予防が出来る(preventable hearing loss)といわれます。
中でも行政当局が問題としているのは、あえて難聴を招く行為をする若者が
後を絶たないことです。
米国の統計によれば重度な難聴、失聴者の約110万人はヘッドフォンやパンクロックなどの
スピーカーによる激しい騒音が原因といわれます。
3. 騒音性難聴にブドウ・レスべの抗炎症作用と抗酸化作用
長期間騒音に曝されて難聴になる騒音性難聴が注目されている社会情勢下で、
ブドウから抽出された物質のブドウ・レスベラトロールの抗炎症作用と
抗酸化作用が難聴防止に役立つのでは、という研究があります。
(the use of resveratrol a grape constituent noted for its
antioxidant and anti-inflammatory properties)
研究の動機は中東、東アジアからの帰還兵。
イラク、アフガニスタン戦争から帰った米国軍人の12%が重度の難聴といわれ、社会問題化。
難聴の予防と治療は耳鼻咽喉医学の急がねばならない課題となっていたからです。
*「ブドウ・レスべラトロールの事前摂食が騒音難聴や加齢難聴を防ぐ」という研究は
2013年2月に耳鼻咽喉の学会誌(Otolaryngology-Head and Neck Surgery)に報告されています。
「赤ブドウと赤ワインのレスベラトロールが聴覚と認識機能不全の治療に光明を与える」
Resveratrol shows promise to protect hearing cognition
(Resveratrol a substance found in red grapes and red wine
may have the potential to protect against hearing and
cognitive decline)
論文発表したのはヘンリーフォード病院のウェストブルームフィールド
(Henry Ford West Bloomfield Hospital:Detroit)分院に所属する
神経耳科ディレクター( the Division of Otologic/Neurotologic Surgery)の
ミカエル・サイドマン博士。(Michael D. Seidman)
「レスベは認知症の悪玉炎症分子の脳内侵入を防ぐ」
4. ミカエル・サイドマン博士とヘンリーフォード病院神経耳科
ミカエル・サイドマン博士はミシガン大学医学部卒。
耳鼻科関連の研究で数多くの賞を得ている55歳過ぎの働き盛り。
ヘンリーフォード病院の神経耳科は耳鼻喉外科部門
(the Department of Otolaryngology- Ear Nose and Throat)に属し、
ミカエル・サイドマン博士らはこれまでも騒音に誘発される難聴と
ブドウ・レスべラトロールの効能に関して数多くの研究を発表。
彼らが注目しているのがブドウ・レスべラトロールの抗炎症作用と抗酸化作用。
アルツハイマー、難聴、老化、ガンなど多くの健康障害の原因となるのが
生理的炎症(bioinflammation)です。
ミカエル・サイドマン博士らのグループは天然ブドウ・レスベラトロールを事前に
飲ませたラットと飲ませないラットを長時間の騒音環境に放置して比較。
天然のブドウ・レスべラトロールが老化、認知症、難聴など体の生理的炎症に
対する非常に力強い化学物質であることを確認しています
(Resveratrol is a very powerful chemical that seems to protect
against the body’s inflammatory process as it relates to aging
cognition and hearing loss)
5. ブドウ・レスベラトロールによる炎症発生物質コックス2の抑制
実験では騒音に曝されるラットのコックス-2(COX-2:cyclooxygenase-2 )の発現量を計測。
コックス2は細胞間伝達物質として炎症過程のキーとなる蛋白物質です。
「アスピリンの鎮痛作用と脳心血管病の予防作用:痛みと炎症の原因物質」
この実験研究では音による過剰刺激が炎症発生物質のコックス蛋白出現に
関与することを見出しました。
そしてブドウ・レスバラトロールの事前投与が活性酸素形成を強力に抑制。
難聴の原因となるコックス2の出現を防ぎました。
サイドマン博士らはコックス2発生を抑制することによって聴聞機能と
認知機能の低下を抑制できると結論づけました。
6. 加齢による難聴と騒音による難聴は異なります
加齢による難聴は内耳にある*蝸牛管(cochlear duct)細胞のミトコンドリアが
老化することで説明されていますが、騒音による難聴は耳が受けた振動を認知する機能を
損ねることで発症します。
*蝸牛管は聴覚を司り、巻貝やカタツムリ(蝸牛:かぎゅう)のような
渦巻き形状をしており、内部はリンパ液で満たされています。
当然のことながらミトコンドリアの老化速度は人それぞれ。
抗酸化を図ることにより、難聴を防ぐこと、または先延ばしが出来ることも
知られていますが、騒音の振動による聴覚機能損傷は回復が困難です。
聴神経のシナプス(記憶回路)が騒音によって破壊されると、蝸牛の内外を覆う*有毛細胞(hair cell)
と脳神経の接続が断たれ、難聴に陥ります。
*有毛細胞(hair cell):感覚やバランスを司るタンパク質受容体
7. 加齢による難聴を避けるには長寿を目標とすること
加齢による難聴を防ぐのは生活習慣病や癌を予防する手段に通じます。
食生活による抗酸化物質摂取がベストな選択でしょう。
難聴は老化度に比例するからです。
ミカエル・サイドマン博士が実験で期待したブドウ・レスべには他の抗酸化物質とは
異なる、ミトコンドリアに作用する特異的な抗炎症作用と抗酸化作用が予見されています。
難聴治療にステロイドの使用やNアセチルシステイン(N-acetylcystein:NAC)が
臨床に期待されていますが、副作用が大きいためにお薦めできません。
初版: 2013年03月07日
改訂版:2016年11月11日
改訂版:2018年03月16日