1. アンチエージングに関わるNAD+, NMNはナイアシン(Niacin:NAM)が前駆体
NAD+とは生体が摂取した食事の栄養分をエネルギーに転換する機能を持つ補酵素の略語。
ニコチンアミド*・アデニン・2ヌクレオチド(Nicotinamide adenine dinucleotide )を
指しますが、ほとんどの生物細胞に存在する分子。
1906年ごろの古くに発見され、脂質代謝に関わる重要物質として知られていました。
NAD+はナイアシン(Niacin)と総称されるニコチンアミド(nicotinamide:NAM)を
前駆体として体内生成されます。
哺乳類はビタミンB³の*ニコチンアミドを材料として、2段階の酵素反応を経て
NAD+を生成する経路(biosynthetic pathway)を持っています。
近年に新たなNAD+の機能メカニズム(作用機序)が解明され、
NAD+中間代謝物の NMN:ニコチンアミドモノヌクレオチド(nicotinamide mononucleotide)
NR:ニコチンアミドリボシド(nicotinamide riboside)を含めて
長寿やがん(癌)の抑制に関わることが解り、創薬の可能性を期待した
製薬会社関連の研究者が急増しています(第3項以降)。
2. ニコチンアミドとニコチン酸はナイアシン(ビタミンB³)のことです
高齢者が急増している長寿社会でニコチンアミドとニコチン酸という言葉が目につくように
なりましたが、大豆など豆類に多いニコチン酸(Nicotinic acid)と
肉や魚に含まれるニコチンアミド(nicotinamide:NAM)はいずれも水溶性ビタミンの
ナイアシン (Niacin)またはビタミンB³と総称されています。
ニコチンという呼称は誤解が多いためにナイアシンと総称するかビタミンB³が一般的となっています。
ナイアシンは食品から小腸に取り込まれる経路以外に、アミノ酸のトリプトファンから
肝臓で体内生成される経路があり、普通の食生活ならば不足することはほとんどありません。
3. NAD+は栄養分をエネルギーに転換するばかりでない
NAD+は先に述べたように20世紀の初頭には確認されていましたが、エネルギー転換が主要な役割で、
使い切られていると考えられていました。
それが近年になり、NAD+には、その後に重要な役割があることが分子レベルで解ってきました。
NAD+が長寿関連の*テロメアー(後述)の長短にも関わる重要作動物質であることが
次々と報告されたのです。
すでにNAD+を機能させる17種類のタンパク質群(*PARPs)が発見されており、それらは
DNA損傷の修復など、細胞のストレス応答に機能していることが解っています。
*PARPs:poly (ADP-ribose) polymerase. 適量ならばDNA修復反応を活性化する酵素.
4. ワシントン大学吉野純博士らによる老化関連疾患に関わるNAD+合成系研究
この「NAD+合成系」を応用した新規抗加齢療法の可能性を研究しているのが
慶應義塾大学医学部卒業後、ワシントン大学医学部内科で研究を続ける今井真一郎博士や
吉野 純、山口 慎太郎の両博士。
NAD+合成系や、その主要*メディエーターとして知られる*サーチュイン(sirtuins)を
標的とした新しいテーマ(新規抗加齢療法)を米国の基礎研究成果を基盤にしてリサーチしています。
*メディエーター(Chemical mediator:細胞間のシグナル伝達を行う物質) NAD+合成系の老化関連疾患における病態生理学的意義を探るテーマは
*MITのガレンテ博士(Leonard Guarente)らによる研究が進んでおり
ガレンテ博士らは「*NMN,*NRに代表されるNAD+中間代謝産物は、NAD+合成系の促進,
サーチュイン*の活性化を介して各臓器に作用し,老化関連疾患の病態を改善すると期待される」と
延べています。
*NMN:ニコチンアミドモノヌクレオチド(nicotinamide mononucleotide)NAD+中間代謝産物
*NR:ニコチンアミドリボシド(nicotinamide riboside)NAD+中間代謝産物 吉野 純博士らの実験では、NAD+を機能させるタンパク質群*PARP-1を投与したマウスの
筋肉と褐色脂肪組織においてNAD+量が増加し, SIRT1*の触媒する反応の促進が認められ、普通のマウス(野生型)に比して,ミトコンドリア機能,エネルギー消費が促進され,耐糖能も改善し,体脂肪量も低下しました。
*PARPs:poly (ADP-ribose) polymerase. 適量ならばDNA修復反応を活性化する酵素.
またインスリン抵抗性,糖尿病,がんおよびアルツハイマー病に代表される老化関連疾患において
NAMPT*の酵素反応産物であるニコチンアミドモノヌクレオチド( NMN)や,ニコチンアミドリボシド(NR)などの「NAD+中間代謝産物」がNAD+量を増加させ,病態を改善することも報告されています。(吉野 純博士ら)。
*NAMPT:
ニコチンアミドホスホリボシルトランスフェラーゼ(nicotinamide phosphoribosyltransferase)
NAD+量を調節し,サーチュインに代表されるNAD+消費酵素を介して代謝,炎症,分化,老化などの
生物学的な多彩な局面において重要な役割を果たす。
5. NAD+、サーチュイン、PARPsのコラボレーション
ここで登場するのが*テロメアーの長短に関わることがすでに知られているサーチュインです。
サーチュイン(sirtuins)は上記のNAD+と深い関連性を持つ、NAD+依存性ヒストン脱アセチル化酵素(NAD+-dependent deacetylases)のことです。
すでに7種類が発見されていますが、いくつかの種類のサーチュインはNAD+を機能させている主要な
タンパク質であり、SIRT2(サーチュイン2)は長寿や代謝の酵素として生体恒常性(homeostasis)の維持、カロリー制限、血中脂質の減少、解糖、炎症の防止など様々な機能が知られています。
またSIRT6(サーチュイン6)は癌(がん)の制御に重要な関与をしている癌抑制因子ともいえます。
サーチュイン研究の第一人者、*MITのガレンテ博士(Leonard Guarente)らに
より、サーチュインがNAD+やその前駆体に主要な働きをしていることが分子レベルで解明され、
これを切り口とした長寿、がんの予防や治療の研究が一気に進展してきました。
ガレンテ博士は1978年にハーバード大学を卒業。
NAD+ やその前駆体( precursors)をテーマに、エイジングに関わる
サーチュイン(sirtuin biology)の分子細胞遺伝子学研究を続けています。
*Leonard Guarente:Director of the Glenn Laboratory for the Science of Aging at MIT, Novartis Professor of Biology
*MIT:マサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology)
*最大のスタックは天然のブドウレスベラトロールです。
博士は下記のように述べています。
「驚いたことにサーチュイン研究は生化学の広い範囲に関連したことを研究していることとなり、全てに
一つかそれ以上のサーチュインが関与しているのです。
サーチュインが体に必要な燃料量から(計算して)食べるべき食物の分量(カロリー)を
決めているともいえます。
多すぎれば(余剰分は)エネルギー産出をせず、食物が適正量ならば、サーチュインは
ほとんどのエネルギー産出に関与します」
6. NAD+ とその代謝、信号伝達に関するカンファレンス
昨年(2017年)7月第2週にルイジアナ州ニューオーリンズの
マリオットホテルに世界中から150人の研究者が集まってカンファレンスが開催されましたが
テーマは「NAD+ Metabolism and Signaling:NAD+の代謝と情報伝達」
主催者の一人がMITのガレンテ博士(Leonard Guarente)です。
NAD+、サーチュイン、PARPsのコラボレーションが鮮明になってからのテロメラーゼと
サーチュイン研究は、爆発的ともいえる盛り上がりで、驚くばかりの多くの研究者が参入しています。
研究者による論文は最近2年間で15,000件を優に超えているといわれます。
2000年代になりテロメアの仕組みや、テロメラーゼの活性化が話題となった時期は
ノーベル賞が与えられたテロメアの研究や、それに関係する研究の大部分が
ガレンテ博士、シンクレアー博士などアメリカ東部のハーバード大学とMIT大学が中心となって
世界的な関心を呼んでいました。
ノーベル医学生理学賞(2009年)を受賞したテロメラーゼの発見: テロメラーゼはレスベラトロール研究の土台
ところがグループにはサプリメント販売や特許の譲渡など金銭的な関心が強いメンバーが多く、
ベンチャー企業を幾つも立ち上げたために、拝金主義を嫌う保守的な東部人に反感を買い、
研究を否定する勢力の総攻撃を浴びる時期が続いていました。
「食べても太らない.3割は長生きできる長寿の仕組みを発見した」というセンセーショナルな
プレゼンテーションも悪評でした。
7. (参照)テロメア:telomere
人間の寿命がテロメア(telomere)の長さに関係するという研究が確立されたのは1980年代。
古い話ではありません。
テロメアは真核生物の染色体端部にひも状に付属します。
その役割は細胞分裂時の染色体遺伝子転写を損傷から護ることと言われています。
テロメア自身も遺伝子転写の度に損傷して短くなり、6-70回くらいで消滅。
これは細胞死を意味します。
1971年にテロメアの機能を確認していたロシアのオロフニコフ博士(Alexey Matveyevich Olovnikov) は
テロメアの活性に影響する酵素(テロメラーゼ:telomerase)の存在を予言していました。
テロメア紐の保護膜を破壊し、それを短くする酵素に対して、当然のことながら
それを防ぐ酵素(ヒストン脱アセチル化酵素)の存在があるという仮説です。
その後、ノーベル賞受賞者らによるテロメラーゼ発見により、博士の仮説は証明されました。
人類の生死を左右しているだろうテロメア(telomere)とテロメラーゼ(telomerase)の機能解明は、
長寿の達成と病から解放、特に癌完治の可能性を示唆します。
8. (参照)テロメラーゼを活性化させる酵素のサーチュイン
サーチュイン(sirtuins)はNAD+依存性ヒストン脱アセチル化酵素(NAD+-dependent deacetylases)
のことです。
テロメラーゼを活性化させる酵素はハーバード大学のシンクレアー博士とバイオモル社の
ホーウィッツ博士により発見、命名されました。
彼らは細胞内で活性化すると、その寿命を延ばすことが出来る酵素を同定し、
その酵素をサーチュイン(sirtuins)と名付けました。
名前の由来はsilent mating type information regulation のことだそうです。
サーチュインにはいくつかのタイプがありますが
(2018年現在サーチュイン・ファミリー、7種類が報告されています)、
その一つのSir2は飢餓させると(カロリー補給が無い)活性化することが知られています。
サーチュインのSir2はほとんどの生物細胞に含まれる
NAD+依存性ヒストン脱アセチル化酵素(*NAD+-dependent deacetylases)。
(*NAD:ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド:nicotinamide adenine dinucleotide)
博士らは、Sir2を活性化させる*成分(スタック)が、赤ワイン・ポリフェノールの
レスべラトロールに豊富に存在ことを確認しています。
*スチルベンなどで組成されるレスベラトロールはサーチュインを活性化する物質として
スタック* (STAC)と呼ばれています。
STAC:Sirtuin-activating compounds)