1. ブドウ・レスベラトロール医薬品開発の新たなトレンドターゲットは糖尿病
2008年にレスベラトロールの将来性を評価する大手製薬会社グラクソスミスクラインが
レスベラトロール医薬品開発で主導的なベンチャーのサートリス社を800億円で買収。
レスベラトロール研究が過熱しましたが、この騒ぎに疑問を呈する学者達からの研究が
目に付くようになったのも2008年。
ブドウ・レスベラトロールは生体の様々な代謝回路に入り込んで善玉物質の選択と活性化に
働く機能の研究で注目されていますが、特に注目さたのは
「レスベラトロールは多様な原因(多因性)で発症する2型糖尿病の予防、改善、治療に最適であろう」。
ところが天然ブドウ由来のレスベラトロールは高価な物質ですから多様な実験には適しません。
ガンや生活習慣病を対象とした医薬品開発を目的とする企業は合成レスベラトロールによって
実験と治験を続けていました。
合成レスベラトロールによる2型糖尿病の治験はインドなどで続けられましたが効果を得るには
大量投与が必要だったようです。
このような合成レスベラトロールを大量に投与する流れに、安全性確保の観点から
異論を唱える研究論文がマスコミで紹介されるようになりました。
2. ブドウ・レスベラトロール研究のトレンドは天然ブドウ・レスベラトロール
合成レスベラトロールを大量に投与するハーバード大学やMIT などボストン近郊のグループに対し、
合成レスベラトロールに疑問を呈しているグループがあります。
「レスベラトロールは赤ワインの効能からスタートしている。ガンならともかく、
糖尿病、心臓障害などに大容量の合成品が必要なのだろうか?」
「2型糖尿病の医薬品なら副作用が全く無い医薬品が求められる。
血糖値を下げるだけならば、これまでの医薬品で充分である。
新薬は副作用が無いことが大前提」
「合成レスベラトロールの大量投与は安全性が立証できない」などなどです。
したがって、新たなトレンドともいえる研究者のテーマは天然のブドウ・レスベラトロールの
優れた効能の延長線上が最善の開発とし
「少量投与レスベラトロールの有効性」と「多量投与の危険性実証」をすることです。
3. レスベラトロールとキンバリー・マーチン博士の実験
2008年の5月16日にフロリダで開催された
アメリカ臨床内分泌病専門医協会第17回年次総会
(American Association of Clinical Endocrinologists):AACE)で、
「ワインのレスベラトロールが運動による糖の取り込み、燃焼と同等の働きをする」
という主旨の論文が発表されました。
発表はケース・ウェスターン大学(Case Western Reserve University)(オハイオ州クリーブランド)の
小児分泌学の権威キンバリー・マーチン博士(Kimberly Martin,MD:Pediatric Endocrinologist)
主題は「赤ワインは糖尿病患者に恩恵を与えるだろう」
(Red Wine Could Benefit Patients With Diabetes)
というそっけないものですが、実験内容からは隠された意図を読み取ることができます。
論文が発表されたAACEはアメリカの協会ですが、加盟は85カ国を超えるといわれ、
糖尿病など内分泌関係の疾病を臨床で研究する権威ある医師(MD)の集まりです。
4. キンバリー・マーチン博士の真意
(高濃度の合成レスベラトロールは安全性が疑問)
論文からは「ワインレスベラトロールにより、運動をしなくとも自然な形で糖を
燃焼消費させることが出来る」
「2型糖尿病に高濃度の合成レスベラトロールは必要ない、
レスベラトロールの糖尿病に対する作用機序から判断すれば、
赤ワイン摂食に準じた投与で充分な機能を発揮し、安全性も高い」という主旨が読み取れます。
筋肉に糖を取り込む機能に関与する受容体としては
グルコトランスポーター4型(GLUT4:グルット4)が著名ですが、
生体組織には、その異型(アイソフォーム:isoform)であるGLUT1(グルット1)型が広く存在し、
マーチン博士はレスベラトロールがGLUT1型に与える作用機序を検証しています。
この報告は当然のことながら先行しているハーバード大学、サートリス社など
ケンブリッジ(ボストン)を中心とするグループとは異なった立場のものですが、
マーチン博士の論文が発表されて頃にはサートリス社が合成レスベラトロール
(サプリメントなどの天然ブドウ・レスベラトロールの数百倍か1000倍?といわれるSRT501)
による糖尿病治療薬任意治験の第三段階に入っていました。
マーチン博士の報告は先にご紹介した
「レスベラトロールは毎日の赤ワイン摂取量を大幅に上回らない量で充分機能する」
に次ぐもので、合成レスベラトロールの大量投与には問題があると指摘しています。
レスベラトロールには優れた血糖降下作用がある反面、高濃度の医薬品を投与した場合は
グルコトランスポーター1型(GLUT1)が大量に存在する脳、網膜(retina)、胎盤(placenta)、
赤血球などに作用して、組織が必要な糖分まで低下させる危険性を示唆しています。
5. キンバリー・マーチン博士の実験手法。(GLUT1への作用)
この実験ではレスベラトロールが骨格筋などの幾つかのグルコトランスポーター(GLUT4)を
刺激することにより、グリセミア値(いわば血糖のこと)を改善することが確認されています。
グリセミア値とはダイエット法のグリセミック・インデックス(Glycemic Index)で知られるようになった
血中の糖蛋白(glycemia)濃度です。
クローン9細胞(Clone 9 cells)にAMPキナーゼ活性化剤のAICARを使用した実験では、
少濃度のレスベラトロールで処理した時点では多少抑制されていたAMPキナーゼのリン酸化
(phosphorylation)が、レスベラトロール処理濃度を増やすにつれ活性化しました。
ところがさらに濃度を上げていくと、善玉のグルコトランスポーター1型(GLUT1)の機能を
抑制することが判明しました。
実験方法はBSEのプリオン検出にも使用されるウェスターン・ブロット法(Western Blot analysis)。
レスベラトロールがアデノシン一燐酸キナーゼ(AMPK)のリン酸化にどのような効果を持つか評価し、
ブドウ糖(グルコース)のあるなしでサイトカラシン Bに結びついた
血小板(human erythrocytes)にレスベラトロールがどのように作用するかなどを検証しています。
実験に使用したたんぱく質類(実験の方法詳細は省略)
- AMPキナーゼ活性化剤(医薬品のメトホルミンかAICAR)
- レスベラトロール(合成レスベラトロールSRT501)
- クローン9細胞(GLUT1変異体isoformを表すラットの肝臓細胞)
- C2C12細胞(マウス由来の筋芽細胞株)
- サイトカラシンB( cytochalasin B :CB)(グルコーストランスポートの細胞活動調査に使用されるイースト微生物などの代謝物)
6. 運動しないで糖尿病を改善させる副作用なしの方法があるのか?
日本人の成人人口の15%以上、中高年に限れば20%を越えるともいわれる
2型糖尿病患者とその予備軍は、併発した数々の生活習慣病や難病とも戦わねばなりません。
先回ご報告した「食べても太らない」仕組みのニュース。
この夢は肥満、生活習慣病に著効を示すカロリー制限(CR)の仕組みを探求することで、
新たな医薬品、サプリメントが開発されつつありますが、
この手法は2型糖尿病(以下糖尿病)の治療、改善にも生かされており、
「運動なしで糖尿病を改善させる方法」発見のために、
「運動により糖が消費される仕組み」が研究されてきました。
これまでの研究成果により「運動なしで糖尿病の治療、改善が出来る」
インスリン抵抗性改善薬が出現していますが、発売後10年間経過にいたるも
副作用問題は解決していません。
レスベラトロールには運動無し、副作用無しの2型糖尿病予防と改善が期待されています。
7. 血糖値を強制的に抑制する医薬品の弊害
血糖値は運動により低く抑えることが出来るとはいえ、身体障害や罹病によって
運動が出来ない人も沢山います。
医薬品で単純に血糖値を抑えることは難しくありませんが、問題は副作用。
糖尿病治療薬には、炭水化物を糖に代謝させないことから始まり、
インスリンの分泌を促進するなど様々な切り口の医薬品があります。
広く使用されるようになった医薬品には細胞核内の受容体ペルオキシソーム(PPAR)に
作用するチアゾリジン系インスリン抵抗性改善薬がありますが
(タケダの塩酸ビオグリタゾン薬品:商品名アクトス)、効力に優れる利点がある半面、
あたりまえのことながら副作用の許容範囲が話題となっています。
2014年ごろからは新薬としてSGLT2阻害薬(sodium glucose transporter)が使用
されているようですが、これも糖処理に関する生体内組織の一部を制御する仕組み。
脳梗塞の恐れが指摘され、取り扱いがむつかしいことで知られています。
生体の重要栄養素である糖をやみくもに制御しては弊害が多発するのは当然です。
糖尿病治療、改善に運動療法が併用され、使用医薬品を出来るだけ少量にすることが
望まれるのは副作用を減らすためです。
世界の先端技術者は副作用の少ない糖尿病の医薬品開発に取り組んでいます。
運動により糖を筋肉に取り込んで燃焼させる仕組みには受容体となる
グルコトランスポーター(GLUT4)が関わります。
GLUT4は骨格筋に存在し、肥満、運動不足などにより
著しく活性が低くなる(必要な場所に転移しなくなる)ことが知られています。
このグルコトランスポーター(GLUT)の機能解明が新薬の開発に繋がりますが、
GLUTを活性化させる経路は存在部位により異なり、単純ではありません。
8. PPARの本格的研究はこれから。
PPAR(Peroxisome Proliferative-Activated Receptor:
ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体)は細胞の核に存在し、
インスリン感受性、脂肪のβ酸化などに関わる受容体といわれます。
肥満や糖尿病の先端治療にPPAR研究が引き続きターゲットとなるだろうことは容易に
予測出来ますが、PPARにはいくつかの種類があり未明な部分も多々あり、研究はこれからです。
a) PPARδ(d)の代謝経路はインスリン感受性を促進する物質として、ハーバード大学公衆衛生スクールの研究者らによって同定されています(参照)。
b) PPARγは普通サイズの細胞ではインスリン分泌を促す善玉のアディポネクチンを分泌させるとも言われ、
糖尿病用医薬品もありますが、大型の脂肪細胞では更なる大型化誘発、
インスリン抵抗性増大も示唆されています。
c) PPARαには超低密度リポ蛋白(VLDL)や飽和脂肪酸のトリグリセライド生成を抑制する機能
が認められています。
PPARαの医薬品は高脂血治療に使用されますが、脂肪細胞への脂肪酸取り込み(脂肪の燃焼、β酸化)、
アディポネクチン生成に関わる受容体を増やす作用などが期待されています。
9. AMPキナーゼ(アデノシン一燐酸活性型蛋白キナーゼ:AMPK)とは
AMPキナーゼは細胞核内で受容体の役割を果たし、運動すると活性化するたんぱく質です
https://nogibota.com/archives/1127
AMPキナーゼには筋肉エネルギーの素となる糖分を取りこみ、
骨格筋における脂肪燃焼を促進する作用があります。
その作用機序は、アセチルコエンザイムAカルボキシラーゼ(ACC)活性を阻害することと言われます。
AMPキナーゼはインスリン感受性促進にPPARαと協働していることが報告されています。
初版:2008年6月
改訂版:2013年9月
改訂版:2015年11月