2月から始まった米国大統領予備選が思わぬ展開を見せつつ、通常ペースなら3月初めの
スーパーチューズデイで、ほぼ共和・民主両党の候補者が絞られるはずが、
去る15日の天王山に至ってもなお、確定的な勝者が見えてこないと言う
驚きの様相を呈しております。尤も、民主党の方は略、大本命のクリントン女史が
苦戦しながらもリードを確定しつつあるようですが、一方の共和党ではトランプ旋風が
吹き止まない中、共和党現役およびOBの重鎮や、有力マスコミの一部等から、
反トランプの動きが強まり、愈々先行きに霞がかかって来たように見られます。
しかしながら、よくよく米国史を復習してみますと、建国以来ずいぶん長い間、
大統領に選ばれるのは「白人、アングロサクソン系、新教徒、既婚で離婚なし、
行政経験あり」とされた不文律が、ケネディ大統領が初めて旧教徒から選ばれて以後は、
離婚経験者のフォード、レーガン両大統領が続々登場し、遂に黒人初のオバマ大統領が
誕生するに至って、いまや何でもありと言う状況に至っております。
もちろん、今般においても、クリントン女史なら女性初、トランプ氏なら行政経験なし
第一号となるであろうし、クルーズ氏になっても初のヒスパニック系と言うことになる訳です。
万が一の逆転劇で、上記以外の大統領が生まれるとすれば、
の過程自体が史上初の出来事と言うことになる筈です。
こうした異変続きの予備選の現象には、選挙戦が、資金量にモノを言わせる
テレビ中心の空中戦から、個別の選挙区を足とインターネットの輪で募金と票を稼ぐ
地上戦へと、移り変わってきた政情と、さらに大きな背景として着目されているのが、
アメリカ社会の人種、宗教、世代層や男女間にまたがる多様性と、経済的格差の
拡大と言う大きな潮流が影響していると考えられます。
特に、古き良き「アメリカンドリーム」の1970年代には、上中間層市民が
過半を占め、まだ夢を実現できる機会があったのに対し、2010年代には、
多くの移民に職を奪われた白人、黒人等の夢破れた中下層市民が過半を占めるに至り、
ギスギスした階級闘争に至っている現状が指摘されます。何かのレポートを
目にした記憶を基に、大まかなイメージを数字に置き換えてみますと、
アメリカンドリームの時代は、上流が約5%、中の上10%、中流60%、中の下10%、
下流15%だったのに比し、リーマン以降は、上流こそ金融成金やIT創業者等で
10%と増えたようですが、中の上が5%に、中流が50%に減じ、中の下が15%へ増え、
さらに下流が20%へと増大し、結果として、中流層の減少と相対的下降化が
格差拡大を齎したと思われます。
民主党のフロントランナー・クリントン前国務長官が、当初は泡沫候補と見られていた、
自称民主社会主義者・サンダース上院議員の予想外の善戦に恐れをなしたのか、
このところ政策発言に数々の「左旋回」をしたことに加えて、共和党主流派や有識者層からすれば、
悪夢としか言えない、放言連発のトランプ不動産王が予想外の高支持に支えられて
指名獲得への勢いが止まらないのも、その底流にアメリカの国家的劣化、
ある種の凋落傾向が見えております。
一つは旧態依然のワシントン政治への感情的反発と絶望であり、もう一つは
ウォール街先導型の経済運営が格差拡大や雇用状態の悪化を生みだしたことへの不満で、
いずれもが主として白人中下層階級を中心とし黒人他有色人種の中でも古き良き時代からの米市民が、
21世紀以降、急に増え続ける新移民層(不法移民も含め)に安定的な職を奪われた不満と、
その反動からエスタブシシュメントへの怨嗟の爆発となっているようです。
オバマ政府の発表による見かけだけの失業率改善にしても、ギャラップ調査によると、
低収入の臨時就業者やパートタイマー増が主体で、中間層の定職就業率や給与レベルの
改善が伴っていないことが判明しており、連銀による利上げとて、実体経済を真に反映したとは
言えない代物であることが見え隠れしています。金融経済面でも、サブプライムローンが
仇となったリーマンショックの二の舞だけは避けられるでしょうが、
シェールオイルの功罪(大手の量産廉価効果が世界的原油安を加速させ、弱小後発参入業者の
苦境が生んだジャンク債が次々と満期を迎えつつあり、赤字会社の倒産が続発しそう)も
米経済の足を引っ張りそうです。(既にドル安、ユーロ安、元安見込みから、
円の独り高が現出しております)
経済格差が予備選資金の集め方に極めて対照的な変革を齎しており、その一面は
前回のオバマ方式に始まったもので、小口の寄付を広範囲に及ぶ無数の寄付者から集めて、
ここまで善戦しているのがサンダース氏であり、反対にトランプ氏は豊富な自己資金を
存分につぎ込み、選挙民には、献金無用、票だけ下さいと訴えることで、
中低所得層からの支持を勝ち得ているのも、これまでにない異例の選挙戦を醸し出しております。
対照的に、ウォール街から多額の資金を集めていると糾弾されてクリントン女史が
言い訳に窮しており、一方共和党側では、本来潤沢であるべきだった党主流派の
選挙資金が当初は十名にも及ぶ“多過ぎた候補者群”に細分散され、トランプ氏以外の
個々の候補者にとっては、活動費不足から、共倒れに陥ってしまったのも、
選挙結果に一つの歪を齎してしまったことが、今般の特異な現象でしょうか。
同じ巨万の富の保有者であれ、トランプ氏の場合、事業で稼いだ富を自己の独占物とし、
己の選挙に投入するという利己的ドライ派であるのに対し、ビルゲイツやザッカーバーグのように
獲得し得た富の社会性を意識し自発的に社会へ還元すると言う美風と伝統を受け継いでいる
利他的ウェット派とでは、富の分配や人生観に大いなるギャップを感じさせられ、
そこに現代アメリカの変質と言うか、ある種の凋落を痛感する次第です。
既存政治や支配層に対する庶民の怒りや不信感は、一気に盛り上がる
ポピュリズム(大衆迎合的で反支配層のアウトサイダー)政治を生みやすく、
既に我が国における過日の民主党政権誕生事例や欧州の彼方此方でも極左や極右政党の跋扈など、
グローバル化で混迷度を深める世界共通の政治風景となりつつあるようです。
トランプ扇動の原動力は、中産階級からの没落に怯える低学歴、低所得、低熟練で
不安定職就労の労務階級や失職者と見られ、その暴力的な選挙活動や過激な民族主義、
人権否定主義、排外的軍事・外交・貿易論などは、健全なる民主主義にはそぐわないように思えます。
こうした情勢に危機感を募らせる米有識者層(学者、実業家、ジャーナリストや
芸能・スポーツタレントから政治家まで幅広い各層)から、トランプ氏の過激な発言に
異議を唱え、反トランプの狼煙を上げ始めて居ます。
しかしながら、彼らのジレンマは、元々泡沫候補と軽視していたトランプ氏に対抗すべき
共和党主流派候補の本命が、ジェブ・ブッシュ氏を初めルビオ氏まで、次々と予備選撤退を重ね、
穏健派で唯一残ったのがケーシック氏一人となってしまったことにあり、
強硬派で超右派のクルーズ氏とは水と油で一本化が儘ならないことでしょう。
尤もこれまで水面下に留まっていた良識派の危機感が一挙に鮮明化しつつあり、
トランプ大学での詐欺疑惑やトランプ不動産の雇用法違反疑惑が次々と浮上して来るとか、
女性蔑視論に猛反撃を始めた多くの女性団体の声明が続発するなど、
やっと反トランプの動きが高揚して来たようです。
さて、今後の展開予想ですが、民主党は略クリントン女史が代表権を得ると見られるのに対し、
共和党は7月の党大会まで、二転三転しそうな雲行きです。
これまで独走して来たに見えるトランプ氏とて、28州いずれの予備選でも
過半数を制したことがありませんし、今後4~6月を通じ、
ニューヨーク、ペンシルバニア、カリフォルニア等重要諸州で過半数を勝ち抜くのは難しいと
多くの米メディアが報じており、そうなると党大会の決選投票になる訳です。
その場合、クルーズ、ケーシック両氏の一本化がなるのか、仮にならないとすれば、
党推薦の第三者(マコネル上院院内総務、ライアン下院議長とか、前候補のロムニー氏などの名が
取り沙汰されています)が急浮上する可能性も捨てきれません。
それもならず、もしトランプ氏が過半数を制した場合、主流派が穏健且つ有能な顧問団を
提供して政策協議を持ちかけ、孤立先鋭化を増すトランプ氏の牙を抜き政見を穏健化させるか、
叶わなければ、党主流派に亀裂が生じ、第三党から
独立候補(既述三者の他に、ブルームバーグ氏とか)を求め立候補させ、11月の最終戦に
臨むと言う奥の手(ブローカード コンベンション=仲裁集会と言う政治的妥協方式まで
持ち出すか?)も囁かれております。
いずれにせよ、共和党としては、クリントン氏に勝てる候補を打ち立てるのが最終目的だけに、
ここ数か月間は苦渋の選択が問われることとなります。
米国大統領やその政策は米国民だけの関心事でないことは、ビルダーバーグ クラブと言う
“影のサミット“の非公開会議が隠然と世界を支配してきた事例もあり、
今回も「世界秘密会議」が急遽持たれるとなれば、彼らにとって都合の悪い過激派の
トランプ、クルーズ両氏を排除する動きを見せるかもしれません。
我が日本にとっても、米大統領になって貰っては、あまたの困難が待ち受けている
共和党の両異端候補者を初め、民主党のクリントン、サンダーズ両氏とて、
外交安保・経済面で余り好意的に受け取れない危惧を覚えます。
この上は、アメリカ市民の良識が、左右両極化を防ぎ、上下格差対立を避け、
世界からの孤立化を退け、穏健な中道実務派で且つ強力なリーダーを選んで欲しいものです。
願わくは、共和党穏健派か、初の中立第三党からの新大統領選出に期待する次第です。