2004年12月23日に「白髪発生のメカニズム」(Mechanisms of Hair Graying)という論文が
電子版サイエンス誌に発表されました。
主筆は米国ダナファーバーがん研究所のデーヴィッド・フィッシャー教授(David E. Fisher)。
日本でもマスコミに採り上げられ、
白髪防止薬を期待する論調もありましたが、防止薬の完成までには、
まだまだ大きなハードルがあります。
発表された研究は、白髪の原因であるメラノサイト幹細胞の自然死に関わる遺伝子解析。
メラノサイト幹細胞は、悪性の皮膚がんであるメラノーマ(Melanoma)発現の原因ともなりますから、
意図的な細胞増殖、修復などの操作は、皮膚がん発生の危険性に繋がります。
フィッシャー教授らが、メラノーマ研究の途上で、このような発表をしたのは、
地味なメラノーマの研究を、一般人向けにアピールさせる狙いかもしれません。
1.白髪発生のメカニズム、メラノサイト幹細胞の自然死
白髪発生のメカニズム研究は京大の西川伸一教授らが10年以上も先進していました。
今回の電子版サイエンス発表の共同執筆をしたダナファーバーがん研究所の
西村栄美(エミ)博士(Emi K. Nishimura)は、
2002年に、西川伸一教授の大学院研究室に在籍中、西川伸一教授や理化学研究所の
大沢匡毅研究員らとともに、白髪メカニズムの基本をすでに突き止めています。
西川伸一教授らが発見したメラノサイト幹細胞(melanocyte stem-cells)は
表皮の下に存在する毛根(follicle)の中くらいの位置に在ります。
幹細胞の状態では無色ですが、幹細胞が、根元方向に動き(journey to the bottom of the hair follicle)、
毛乳頭*部分の周りに存在する毛母基*でメラノサイト細胞(melanocyte cells)となります。
このメラノサイト細胞の色素(pigment)が表皮細胞であるケラチノサイト(keratinocyte)の
蛋白成分ケラチンを着色します。
このメラノサイト細胞群は色素細胞群(pigmented melanocytes)とも呼ばれ、
色素は個人の遺伝子により色合いが異なります。
黒や茶の色素はメラニン(melanin)、赤や黄はフェノメラニン(pheomelanin)と分ける呼び名もあります*。
マウスの実験では、毛根にあるメラノサイト幹細胞は、その存在位置が異なると、
機能が発揮できずにアポトーシス(自然死)を起こします。
メラノサイト幹細胞からメラノサイト細胞が作られなければ色素が出来ませんから白髪になります。
今回発表された西村栄美博士らの研究では、
様々な年齢の人の頭皮より採集したメラノサイト細胞の、加齢による変化を確認することにより、
メラノサイト幹細胞の自然死が白髪に繋がるという動物実験の結果を裏づけました。
*毛乳頭(もうにゅうとう)(dermal papilla)(毛根の下部の毛細血管を含む結合組織)
*毛母基(もうぼき)(hair bulb)(細胞分裂を起こして毛を造る上皮細胞)
*美容業界などでは、色によりメラニンを様々に名付けますが、米国の遺伝子研究学者は通常二つに分けています。
2.解析された白髪の原因遺伝子:色素に関連する二つの遺伝子
メラノサイト幹細胞が生き残る位置に存在するには抗死遺伝子(anti-death gene )とよばれる
Bcl2という遺伝子が働いています。
Bcl2が欠けたマウスは短時間で白髪になるそうです。
もう一つの遺伝子はMitfと呼ばれています。
Bcl2を制御していると考えられ、この遺伝子が減少するとBcl2が機能せず、
メラノサイト幹細胞は毛根における
生存可能位置に存在できなくなり、増殖が止まります。
(incomplete maintenance of melanocyte stem cells)
Bcl2、Mitf遺伝子機能の詳細は、まだ解明途上のようです。
3.皮膚がんとメラノーマ
メラニン色素が皮膚がんの一つである悪性黒色腫瘍のメラノーマ(malignant melanoma)と
深いかかわりがあることは、従前から指摘されており、
メラノーマの最大のリスクファクターとして日光浴(紫外線)の危険性が広く認知されています。
リンド博士によればメラノーマは、早期発見できずに皮膚下に深く侵入すると、治療が困難になります。
皮膚がんの最も深刻な症状であり、ここ数十年、増加傾向が顕著です。
2004年の米国癌協会(The American Cancer Society)の発表では55100人の 患者が報告され、
7910人が死亡しています。
4.ダナファーバーがん研究所(Dana Farber Cancer Institute)
1947年、シドニー・ファーバー博士(Sidney Farber)の提唱により小児科がん治療を目的に設立。
1969年、成人の患者も受け入れ、1974年にはシドニー・ファーバー・がんセンター(Sidney Farber Cancer Center)と改名。
1983年、チャールズ・ダナ基金(Charles A. Dana Foundation) の貢献に伴い、現在の名称となる。
ダナファーバーがん研究所はハーバード大学医学部(the Harvard Medical School)の基礎研修施設でもあります。
従業員約3000人を擁する、米国ではトップクラスの研究所であり、国立がんセンターの機能をはたす治療施設ともなって、
年間15万人の患者を治療しています。
西村栄美博士らは、研究所のメラノーマ・プロジェクト(the Dana-Farber Program in Melanoma)に参画していますが、
ボストン小児科病院(Children’s Hospital Boston)(5項参照)の 小児がん部門(the Department of Pediatric Oncology) にも在籍しています。
博士らのメラノーマ研究は米国厚生省(the National Institutes of Health)や2002年の資生堂大賞The Shiseido Award)
チャールス・キング信託基金(The Charles A. King Trust of Fleet National Bank)など、いくつもの有力スポンサーが援助。
今回の研究発表にはブリガム・ウィメンズ病院(Brigham and Women’s Hospital)の
病理学者スコット・グランター氏(Scott R. Granter)も共同研究者として名を連ねています。
5.ダナファーバー・ボストン小児科病院(Children’s Hospital Boston)
ダナファーバー・ボストン小児科病院は世界一といわれる小児科研究機関。
病院は100年にわたり小児科や成人病の研究に貢献してきました。
現在は国立科学アカデミー(the National Academy of Sciences )の会員8名を含む、500人を超える優れた研究者が在籍。
この病院はハーバード大学医学部の小児科研修施設ともなっています。