1. 細胞外マトリックス機能の解明が予防医学進歩に貢献する
近年は細胞外マトリックスが癌(がん)、肥満などの慢性炎症や諸々の難治性慢性炎症性疾患のオンオフに重要な機能を持つことが解明されつつあり、研究者の主要テーマの一つ。
注目され始めてまだ20年くらい、未明部分は多々ありますが、革新的な発見も多く、非常に期待されるターゲットです。
老化細胞が自然死せずに修復、再生して育まれるフィールドとなるのも細胞外マトリックスです。
*マトリックス(matrix:基盤、母体)
*細胞外マトリックス(Extracellular Matrix:ECM)
細胞群の隙間を埋めて細胞と細胞を繋いでいるタンパク質組織。
細胞外マトリックス(ECM)の探究は医薬品開発目的の研究者が大半ですが、癌治療薬に関しては、まだまだ夜明け前の段階。
コストと副作用の障壁を取り払うには時間がかかりそうで、低コストが期待されている「遺伝子編集」による治療の実現が早いかもしれません。
しかしながら細胞外マトリックスの機能研究では、医薬品不要な癌予防のヒントが山盛り。予防医学の大きな発展が期待されています。
2. マトリセルラータンパク:matricellular protein
細胞外マトリックス(ECM)は関節などを包むゼリー状の組織で知られている*プロテオグリカンなど糖蛋白が主成分ですが、細胞増殖因子、白血球などに作用して炎症形成に寄与するケモカイン(Chemokine:*サイトカインの一つ) や、がん細胞などのECM分子群が棲息する微少環境(cell–microenvironment)が発見されています。
このECM分子群はマトリセルラータンパク(matricellular protein)と呼ばれ、多様な細胞の受容体(鍵穴)にマッチする鍵(リガンド:ligand)をもち、探し出した対象細胞や微小環境に様々な情報伝達をしています。
サイトカイン(Cytokine)
主として伝達系に働くタンパク質で、広義のホルモンです。
*プロテオグリカン(proteoglycan:PG)
プロテオグリカン(proteoglycan)は関節などを構成する軟骨や、関節を包み込み、細胞外マトリックスの間隙を充填する液状の物質。
たんぱく質を核として、相互に大変密接な関係があるキチン、キトサン、グルコサミン、コンドロイチン硫酸、ヒアルロン酸など、鎖状に複合した糖のグリコサミノグリカン(glycosaminoglycan:GAG)と総称される糖タンパク質で構成されています。
かってムコ多糖類と呼ばれていたものです。
遺伝子工学の発展と共に、このように糖が鎖状につながる糖鎖と、糖たんぱく質は、疾病や免疫に関係するなど、生命活動の謎を解明できる物質のため、生命科学の重要な研究対象となっています。
プロテオグリカンなど糖タンパク質の解説はこちら
プロテオグリカンは陰性(マイナス)荷電の物質で、20種類以上の異種が発見されていますが、分布する組織の場所により、多くの酵素が介在して異なった過程の核タンパク質合成と糖合成がなされます。
「経口摂取のコラーゲンが障害を受けた体組織再生に寄与する」
話題の皮膚、関節など結合組織の再生医療最前線 !!
コラーゲンを知ることで理解が深まります。
3. オステオポンチン(Osteopontin)とは
オステオポンチンは細胞の拡散、生き残り、修復、薬品耐性、他への侵入、幹細胞的働きなど、多機能を持つ単糖(monosaccharide:C6H12O6)のサイトカイン(ホルモン)。
シアル酸*(sialic acid)豊富なリン化糖タンパク質(phosphoglycoprotein)として、細胞外マトリックス(ECM)に分泌されるSecreted phosphoprotein 1と呼ばれるタンパク質です。
オステオポンチンは、これまで骨シアロ蛋白Ⅰ(bone sialoproteinⅠ)と呼ばれていたものとも同じです。
オステオは骨のラテン語。ポンチンは同じく橋のこと。
骨と細胞との橋渡し役とみなされて、骨組織だけに存在する特異な蛋白質と考えられていましたが、現在では体の様々な組織、血液に広く存在することが確認されて、細胞外構造蛋白(extracellular structural protein)と呼ばれるものの一つとなっています。
4. オステオポンチンによる癌の発症と活性化
オステオポンチンは癌細胞の周辺に特異的に集積が進むことが確認されており、増殖を促進するタンパク質として知られています。
癌のマーカーとなるタンパク質はいろいろありますが、オステオポンチンもいくつかの癌の前兆や予後予知のマーカーとなっています。
オステオポンチンが癌の増殖を促進するには細胞表面や細胞外に分泌されている糖タンパク質(glycoprotein)のシアル酸が鍵となります。
自己分泌や*傍分泌されたオステオポンチンは細胞外マトリックスにおいて、細胞膜の受容体(レセプター)に結合(ligand;リガンド)し、その伝達機能が微小な癌細胞棲息環境(cell–microenvironment)における細胞間の橋渡し役となって、危機的に癌を活性化させます。
オステオポンチンによる*RNA 前駆体の異常な表現(変異)や*スプライシングは病原体、特に癌発症の原因となり、癌細胞の転移(metastasis)や他細胞への浸潤(侵入)を促進させます。
*傍(ぼう)分泌(paracrine):血液を介さず細胞外マトリックスで局所的に作用する
オステオポンチンなどサイトカインの分泌
*リガンド:レセプター(受容体)のような日本語の適訳がありませんが
受容体を鍵穴と例えて、鍵の役割をする物質と説明することが多いようです。
*splicing:スプライシングとは、転写された リボ核酸(RNA) 前駆体の*イントロンが
切断・除去された後、*エキソン同士が再結合する反応
*イントロン(intron):リボ核酸(RNA) 前駆体の遺伝子の途中に存在し、
不要と思われている塩基配列*エキソン(exon):リボ核酸(RNA)の塩基配列に遺伝情報が残されている有用部分
5. オステオポンチン(Osteopontin)とシアル酸(sialic acid)
細胞外マトリックスではコラーゲンなどプロテオグリカンがメジャーですが、それとはジャンルが異なる構成タンパク質の一つがシアル酸。
(ラテン系ではシアロと発音することがありますがシアルで統一します)
シアル酸(sialic acid)はノイラミン酸 (neuraminic acid) ファミリーの総称。
オステオポンチンの主要構成物質でもありますが、脊椎動物の細胞表面に産毛のように無数に毛羽立つ*糖鎖の最先端に結合しています。
シアル酸(sialic acid)はある種の*糖成分(NANA:N-アセチルノイラミン 酸)です。
細胞膜上で生理学的、病原学的に広範囲な働きをしています。
オステオポンチンなど分泌タンパク質もシアル酸と同様にこのような糖鎖付加物質(グリカン)に覆われています。
A型インフルエンザ・ウィルス(influenza A viruses:IAVs)はシアル酸の*Neu5Acと*Neu5Gcの双方を受容体として人間の細胞に侵入します。
シアル酸は人体ではあらゆる細胞や細胞外マトリックスにみられますが、特に脳細胞の*シナプス形成(synaptogenesis)における*ガングリオシド(Ganglioside)構造に集中結合しています。
またシアル酸は母乳のオリゴ糖(oligosaccharides)の端に濃密に結合しています。
その機能詳細は明らかになっていませんが、乳児の免疫作用や脳機能発達促進には機能強化ミルクよりシアル酸豊富な母乳が優れているという説の立証に複数の研究者が挑戦しています。
*糖鎖:
脊椎動物の細胞の表面は蛋白質や脂肪酸と結びついた濃密で複雑な糖鎖で覆われています。
単糖が鎖状につながって、細胞の表面に結合しているために細胞のアンテナとも称されます。
糖鎖は細胞の機能に大きく関与しますが、分子量は途方もない範囲に大小があります。
あまりに複雑なために、因果の大部分が未解明ですから、老化防止や癌治療に有用とばかり、サプリメントのつもりで糖鎖を飲用するのは、癌の発現や、生活習慣病の悪化などを招く恐れがあり、大変危険な行為です。
*N-アセチルノイラミン 酸:
Neu5Ac:NANA(N-acetylneuraminic acid:a nine-carbon backbone acidic monosaccharides)
Neu5Gc:N-glycolylneuraminic acid:人間以外の哺乳動物、特に豚の内臓、
牛肉赤身に多いシアル酸はNeu5Ac(NANA)ではなく Neu5Gcと呼ばれていますが、悪性腫瘍や癌、心臓血管病、感染症など炎症性疾患の発症や重篤化に関わるといわれ、恐れられている糖たんぱく質です。
シアル酸はノイラミン 酸のアミノ基やヒドロキシ基が 置換された物質群の総称ですが、ノイラミン 酸を活性化する酵素のノイラミ二ダーゼ(Neuraminidase)は細胞膜表皮に位置し、侵入A型インフルエンザウィルスが細胞内で増殖した後にそれを放出、拡散させます。
この酵素の活性を抑制し、インフルエンザ・ウィルス増殖を防ぐのがタミフルなど、ノイラミ二ダーゼ阻害剤(Neuraminidase inhibitors)です。
*シナプス形成(synaptogenesis):大脳、小脳に千数百億はあるといわれる神経細胞同士が接合し、電気信号で情報伝達をして思考記憶などを形成。
*ガングリオシド(Ganglioside)糖鎖上に1つ以上のシアル酸を結合しているスフィンゴ糖脂質(sphingolipid:セラミドなどを含む複合脂質の総称)。ガングリオシドは細胞膜外層に存在し、細胞の分化や増殖あるいは接着の調節・制御に 関わっています。
6. 発がんタンパク質のシアル酸Neu5Gcタイプが特に多い食品
シアル酸(sialic acid)やシアロタンパク質(sialoprotein)のsialoは、唾液(sialo)を意味するタンパク質で、文字通り唾液に含まれますが、母乳にはさらに大量に含まれています。
これらは人類に特異的なNeu5Acタイプで、問題ありませんが、度重なる摂食で、人体に棲み着いたNeu5Gcタイプは発がんタンパク質といわれています。
発がんタンパク質のシアル酸Neu5Gcタイプはいろいろな食材にも幅広く含まれますが、高価な食材では「燕(つばめ)の巣」が有名。
テレビや雑誌の健康情報でシアル酸が話題となることが多くなりましたが、負の情報である発がん性が話題となることがありませんから要注意。
食品で特に含有の多いのが豚肉内臓、牛肉赤身、牛乳、乳清(whey protein)、魚卵です。
7. シアル酸(sialic acid)が重篤化させるオオイチゴ―ナナ(O-157)中毒症状
2017年8月下旬に埼玉県熊谷市のゼンショー系総菜店「でりしゃす籠原店」他数店や、横浜市青葉区の焼き肉店「安楽亭 あざみ野店」で連続して発生したO-157食中毒。
報道では詳細が判りませんが、O-157中毒が怖いのは*溶血性尿毒症症候群の併発。
O-157中毒で死亡することは稀ですが、溶血性尿毒症症候群は死亡率が跳ね上がります。
牛肉や豚肉に豊富なシアル酸はNeu5Gcと呼ばれますが、人体に棲みついた*Neu5Gc抗体と、O-157がコラボすると溶血性尿毒症症候群を引き起こす可能性が高くなるといわれます。
*Neu5Gc:
人間以外の哺乳動物に特異的なシアル酸をNeu5Gc(N-glycolylneuraminic acid)と呼びますが、悪性腫瘍や癌、心臓血管病、感染症など炎症性疾患の発症や重篤化に 関わるといわれ、赤痢菌や腸管出血性大腸菌オオイチゴ―ナナ(O-157)を活性化させることでも知られています。
*溶血性尿毒症症候群(hemolytic-uremic syndrome:HUS)
微小血管性溶血性貧血 、尿毒症による意識障害、貧血が起き、急性腎不全、血小板減少がみられます。溶血性尿毒症症候群の発生にはHIVや様々な薬害など多くの原因があり、O-157中毒を原因とするケースはそれほど多くはありません。
(参考)
腸管出血性大腸菌は牛の腸管に常在していますから、牧場の近くで野菜が汚染されることが珍しくありません。
米国カリフォルニア州では全米一の野菜大産地と乳牛大産地が灌漑で結ばれているために流れてきた牛糞中のO-157に汚染された野菜が大企業によってサラダに加工されると、全米に汚染サラダが出回ることになり、米国では中毒事故が絶えません。
直接的感染は出荷される肉の衛生上の取り扱いが悪いケースです。
O-157に汚染された牛肉が出回るとNeu5Gcタイプのシアル酸が細菌に反応しHUS発症など大規模な事故に繋がります。
O-157菌は牛肉の表面に付着しますから、表面をよく焼けば事故は回避できますがハンバーグは汚染牛肉がミンチされると、中まで焼くことが少ないために事故が起きたケースがたくさんあります。
飲食店で汚染牛肉と同時に野菜などの生食用素材を調理して、中毒が発生することも珍しくありません。