長寿の酵素が癌遺伝子発現と脳血管障害を制御
日本は先進国でガン発症が減少しない数少ない国。
手遅れになるまで検診を受けない国民性、発癌物質への無関心も
指摘されていますが、食生活が健康的でないことが大きな欠点です。
医食同源といわれ健康維持にはバランスのとれた食生活が重要なのは
だれもが知っている事実。
食材の多くが持つ健康保持機能は現代でも医薬品開発の
重要なヒントとなり続けています。
(参照)
1.食材の持つ医療作用からガン治療薬が生まれる
2011年に承認された抗がん剤のボリノスタット(商品名ゾリンザ:Zolinza)。
まだ未熟ですが、いくつかの新しい使用法を試みる臨床医が出ており、
近い将来に本当の日の目を見るかもしれません。
(ボリノスタットは第5項を参照)
ボリノスタットのコンセプトは遺伝子転写に関わる細胞内タンパク質の
状態を安定させる機能の応用。
ヒストン脱アセチル化酵素阻害作用と呼ばれ、食材が自然に持っている
癌遺伝子抑制機能です。
注射薬の新抗がん剤アザシチジン(Azacitidine)に較べ経口投薬が出来る点、
健康な細胞までを傷つけるCytotoxic 薬剤(遺伝子転写阻害)に較べ
危険性が少ない機能が期待されています。
ただし、食材とは異なって有効成分を高濃度に化学合成しているために
場合によっては重篤な副作用があり
安全性の確保が現時点では十分でないといわれます。
2.ブドウ・レスベラトロールの研究は制癌剤開発に通じます
ブドウレスベラトロールは「老化を防ぐ酵素の活性化」が話題ですが、
その酵素の活性化研究はがん抑制の研究に通じます。
というより本来のブドウ・レスベラトロールの研究動機はがん抑制、
心臓血管病、糖尿病の制御などがメインターゲットでした。
レスベラトロールはこの酵素群をコントロールできる数少ない
ポリフェノール。
4,000種も作ったといわれる合成レスべラトロールの研究、製造過程において、
癌などの遺伝子発現を抑制する医薬品開発に大きく貢献しています。
3.細胞内のたんぱく質(ヒストン)とクロマチン遺伝子群(DNA)
クロマチン(chromatin)はDNA結合制御タンパク質とよばれる
ヒストン(Histone)にDNAが絡む構造(ヌクレオソーム:nucleosome)が
集合して構成されています。
ヒストンの化学反応(modification:化学修飾と訳されています)の
代表的なものにはアセチル化、メチル化、リン酸化がありますが
長寿や発癌抑制のターゲットとなっているのはアセチル化(histone acetylation)。
アセチル化は遺伝子の発現制御に密接にかかわっています。
ヒストンが酵素群(ヒストンアセチルトランスフェラーゼ:
histone acetyl transferase:HAT)によりアセチル化(アセチル基が加わる)すると、
癌などの遺伝子発現を抑制し、反対にヒストンが
低アセチル化(脱アセチル化:アセチル基が加水分解により除去される)すると
発病に関わる遺伝子が転写を続け、増殖するといわれます。
実際に多くの脳疾患でもタンパク質のアセチル化レベルが不安定となっています。
したがってヒストン脱アセチル化酵素(Histone Deacetylase:HDAC)の働きを
制御できれば発癌や脳疾患を防ぐことが出来るわけです。
ヒストンの脱アセチル化はアルツハイマー病、パーキンソン病、せき髄性筋委縮症や
様々な難病にもみられる現象といわれ、その阻害剤は医薬品開発の
主要ターゲットとなっています。
*アセチル化(acetylation)
酢酸 のカルボキシル基CH3COOH から ヒドロキシ基-OHを取り除いたアシル基の一種.
構造式は CH 3 CO−
*メチル化(methylation)
CH 3 と表される最も分子量の小さいアルキル置換基の
メチル基(methyl )に置き換えられる化学反応.
ヒドロキシ基やメルカプト基(チオール基)を保護する役割がある.
4.ヒストンを脱アセチル化(アセチル基をはずす)する酵素群
ヒストンを脱アセチル化(アセチル基をはずす)する酵素群は
ヒストン脱アセチル化酵素(Histone Deacetylase:HDAC)と総称されます。
生体内では細胞の転写などの活性機能を操作し、
癌などの増殖(cytostatic agents)に働きます。
心臓、脳などの人体に4クラス、18種類が発見されています。
レスベラトロールの研究から発見されてサーチュインと名付けられた酵素群は、
第3クラスに分類されますが、ほとんどの生物細胞に含まれる
NAD+依存性タンパク質脱アセチル化酵素(NAD+-dependent deacetylases)です。
バランスのとれた食生活が重要な所以(ゆえん)です。
*NAD:ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド(nicotinamide adenine dinucleotide)。
癌発病の有無を検査することに使用されている
プロテイン53(癌抑制遺伝子P53)と、同様な癌抑制遺伝子である
網膜芽腫タンパク質のPRBは、ヒストンが低アセチル化すると
増えているのが確認されているため発癌のマーカーとなっています。
5.ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤(HDAC 阻害剤)
2011年7月に世界初のヒストン脱アセチル化酵素阻害剤ボリノスタット(Vorinostat)
(商品名ゾリンザ:Zolinza)が日本で承認されました。
ヒストン脱アセチル化酵素の、あるクラス(クラス1と2)に機能することが
認められた経口投与可能な医薬品。
開発したのは米国ニュージャージー州のAton Pharma, Inc(現在はMerck & Co., Inc)
当面は「皮膚T細胞性リンパ腫用」として認可されています。
ヒストン脱アセチル化酵素阻害は多少の差こそありますが食材の多くが
持つ機能。
ただし化学合成された医薬品は食材とは較べられないほどの高濃度。
また、食材のように多様な成分がバランスされて高機能、安全性が確保されて
いるわけではありません。
その欠点を補うために最近ではDNA 傷害性抗癌剤といわれる、
これまでのCytostatic 薬剤とピンポイント攻撃制癌剤の
ボリノスタットを濃度を薄めて同時使用する研究が進められているようです。
安全性が高くなり、効果が倍増したという報告があります。
6.(参照)アザシチジン(Azacitidine)
これまでに認証されている新しいコンセプトの抗がん剤には他に
アザシチジン(Azacitidine)(商品名ビターザ:Vidaza)があります。
アザシチジンはイタリア(BSP Pharmaceuticals S.r.l)、
ドイツ(Baxter Oncology GmbH)で共同開発され、
米国のセルジーン社(Celgene Corporation)が販売。
「骨髄異形成症候群」に使用が認められた注射薬です。
患者の骨髄免疫細胞から当該ガン細胞の純粋な抗体を取り出し増殖培養。
ピンポイントにその抗体をがん細胞に輸送するコンセプトです。
(モノクローナル抗体:Monoclonal antibodies:mAb) )
7.(参照)将来性抜群(?)のヒト型抗ヒトPD-1 モノクローナル抗体
1992年から1999年に京都大学の本庶 佑博士(ほんじょ・たすく)らの研究グル―プが
PD-1 モノクローナル抗体(Monoclonal antibodies:mAb) の機能を解明。
がん治療はモノクロナール抗体療法では困難といわれている現状を打破するかもしれない
新薬開発につなげました。
*PD-1(Programmed cell death 1)
新薬は米国のメダレックス社(現ブリストル・マイヤーズスクイブ:BMS)と共同開発。
2014年7月に小野薬品がこのコンセプトを使用した点滴注射薬の
新薬「オプジーボ」(ニボルマブ:nivolumab:遺伝子組み換え)の国内発売承認を得ました。
メラノーマ腫瘍治療として発売されたばかりですが、以後並行して治験を続け、多様な癌に
適用しつつあります。
成功したらノーベル賞受賞必至?とも言われますが、量産により世界人口の大多数を占める
富裕層以外の所得層に受益者が拡がらないのならば、国際的な評価は高まらないでしょう。
価格がとびぬけて高いために使用できる人が限られているのが難点。
また新薬ですから長い先の安全性が不明です。
切り口の異なる抗がん剤開発が継続して求められているのも自然の成り行きです。
(*健保適用となっても1割負担の高齢者で体重が70キロ以上となると
3週間で10万円以上負担になります)
PD-1はリンパ球の表面にある受容体の一種。
生体において活性化したリンパ球を抑制するシステム(負のシグナル)に関与。
がん細胞は、このリンパ球抑制システムを利用して免疫反応から逃れているという仮説から
スタートし研究開発されました。
小野薬品によればオプジーボは、リンパ球を抑制するPD-1 の働き(PD-1 と結合するPD-L1
およびPD-L2 との相互作用)を抑制することで、がん細胞を異物と認識してこれを排除する
免疫反応を亢進することにより有効性が発揮されます。
(解説)
行き詰っていたモノクローナル抗体療法が飛躍的に進展し始めたのは
リンパ球など免疫細胞表面に存在する(がん化遺伝子攻撃のために現れる)
生物学的応答調節物質といえる免疫チェックポイントタンパク質*CTLA-4、*PD-1が
cDNAライブラリーから遺伝子クローニングされた成果。
*1987年にCTLA-4(cytotoxic T-lymphocyte-associated antigen 4)、
*1992年にPD-1(programmed death 1)
この免疫チェックポイントタンパク質に結合し、免疫細胞を機能させない(ガンを進行させる)
別のタンパク質(PD-L1と呼ばれています)がありますが、その働きを制御する
医薬品の開発が先行しています。
PD-L1のLは物質の受容体(レセプター)に結合する受容体結合物質(リガンド)を表します。
開発中の製薬会社は幾つもありますが、すでに発売された新薬には
抗CTLA-4抗体がブリストル・マイヤーズのイピリムマブ(ヤーボイ)、
抗PD-1抗体が小野薬品のニボルマブ(オプジ―ボ)と
メルク(MSD)のキイトルーダ(ペムブロリズマブ)があります。
初版:2015年02月20日
改訂版:2016年12月2日