抗悪性腫瘍に大きな需要がある抗がん剤タキソール(パクリタクセル)は
狭心症に使用されるステントのコーティング剤(DES)の一つとしても
広く普及しています。
タキソールは植物(西洋いちい:Taxus baccata)由来の抗がん剤ですが、
悪性腫瘍治療に大きな成果をあげている反面、様々な強い副作用があります。
ここで取り上げたのはFDAがステントのコーティングに対する
消費者と製造会社に対する公平、公正な姿勢です。
最近の難病相手の医薬品は緊急の必要に迫られますから
認可行政は見切り発車です。
市場に現れてから間もないものが多く、2-30年程度経過していれば
長いほうですから、FDAと同じく病院や医師も重篤な副作用発生に
責任をとることは出来ず、利用者の自己判断、自己責任に
任せるしか方法がありません。
1. アメリカ食品医薬品局(FDA)の書簡
2019年3月17日にアメリカ食品医薬品局(FDA)が心臓疾患専門医とその学問に
関連を持つ分野の研究者に宛てた書簡が話題となっています。
「Treatment of Peripheral Arterial Disease with Paclitaxel-Coated Balloons and Paclitaxel-Eluting Stents Potentially Associated with Increased Mortality – Letter to Health Care Providers」
*(FDA:U.S. Food and Drug Administration)
内容は全米心臓協会誌2019年3月15日号に掲載された心臓血管治療に用いる
バルーンカテーテルやステントの効能と安全性に関する研究です。
最近のステントは癌治療に使用される医薬品のパクリタキセル(Paclitaxel)でコートされた
薬物溶出性ステント(DES:Drug Eluting Stent)が主流ですが、協会誌に掲載された研究は、
その効能と安全性に疑義を持つ研究者らのメタアナリシスです。
研究はパクリタキセルでコートされたバルーンカテーテル、パクリタキセル溶出ステントと、
コートしていないものを較べたものですが、
多くの調査でパクリタキセル溶出性ステントを使用した
大腿膝窩動脈の冠動脈周辺疾患(PAD)患者の治療で長期死亡率が
増加する可能性みられたとのこと。
*大腿膝窩動脈(femoropopliteal)
*冠動脈周辺疾患(peripheral arterial disease:PAD)
*「メタアナリシス」とは、同様、類似なテーマで書かれた多数の論文を分析し、
共通の実験結果を探りだす手法。
2. パクリタキセルでコートされた機器の安全性
これらのトライアル(研究)はいまだ進行中で、まだ初期段階ですが、
5年間のデータを使った3つのトライアルではいずれもパクリタキセルで
コートされた機器(paclitaxel-coated products)が、そうでないものに較べ
死亡率が高かったそうです。
3つのトライアルの合計975例の内50%はパクリタキセルでコートされた
ステントの死亡率が高く、コートされたステントと、コートしていない裸のステントとの
死亡者比率は5年間で20.1%対13.4%でした。
もちろんこのデータはいくつかの理由で注意深く解釈する必要があります
このデータはいくつかの理由で注意深く解釈する必要があります
第一に「多様化しているリスクを少ないデータで長期とは言えない短期間で死亡率を概算することの是非」があります。
第二は「この研究はこのために蓄積されたデータで検討したものでは無いために、
結果に大きな不確定要素をもたらします」
第三は「死亡率が高くなる特定の原因やメカニズムがいまだに不明」
3. 暫定的なパクリタクセルでコートした機器の使用法
パクリタクセルでコートしたバルーンとステントは血液が遮断された
脚の血管の血流を改善し血栓の再発をも防ぐだろうと考えられていますが
まだ長期的な安全性に関しては未知です。
(*タキソールはブリストルマイヤー社の特許合成法で作られてから
治験期間を含めてもまだ30年弱。
他社の類似品タキソテールを含めて当然ながら長期間先の安全性は誰にも
保証はできません。
抗癌剤のタキソールやタキソテールはすでに循環器系や腎臓、副腎、膵臓、肝臓など
内臓疾患があるために使用できない人が珍しくないインフォームドコンセントが要求される劇薬です)
FDAは認可した時の使用法で有益性がリスクに勝るかどうか
決めるための追加分析をする準備をしており
コート済み機器(paclitaxel-coated products)の製造業者とも
協議して総合的な有益性と有害性の調査評価を続けていますが、
その間は一般的な患者にはコートしていない機器を使用する
代替治療法のオプションを用意すべきと勧告。
コート済み機器の総合的な有益性と有害性(the overall benefit-risk)の
調査報告が完結するまでは狭心症、心筋梗塞患者の健康状態、体質を詳細に検討して
薬物溶出性ステント使用の可否を決めるとともに、患者の承認を得る
インフォームド・コンセントが必要としています。
4. FDAはコート済み機器の応用用途の可能性を調査中
FDAは今後、これらコート済み機器を他の目的で使用しても安全か、
そのメリットが害に勝るかどうかも分析して調査していきます。
例えば一次障害(de novo lesions)、ニ次障害(restenotic lesions)を受け作られた血管内の
損傷組織が形成環状動脈に梗塞を与えることを防ぐ目的で使用されようとしています。
静動脈狭窄症(arteriovenous access stenosis)、
糖尿病性重症下肢虚血(critical limb ischemia)、
高い確率のリスクがある動脈や心臓弁などの再狭窄(restenosis)などに
医師達がこの機器を使用することによって継続的にリスク以上の
メリットを得られるかどうかです。
(the benefits continue to outweigh the risks)
5. タキソール
タキソールは米国の国家プロジェクトの一環として
タイヘイヨウイチイ(Taxus brevifolia)から見出されましたが
その後はやや原料調達が楽なヨーロッパイチイ (Europian yew:Taxus baccata)に
変更されました。(北海道のイチイはオンコとも呼ばれる近似種:Taxus cuspidata)
樹皮より抽出された*ジテルペノイド(10-デアセチルバッカチンⅢ:10-deacetyl baccatins)が主成分。
タキソールは細胞の微小管(microtubule:マイクロチューブル)に結合し脱重合を阻害、
正常な細胞分裂の進行を妨げるといわれます。
*ジテルペノイド
「性ホルモン、ステロイドを合成するトリテルぺンは
植物成分のテルペノイド(terpenoid)」第5項
性ホルモン、ステロイドを合成するトリテルぺンは 植物成分のテルペノイド(terpenoid)
1994年にフロリダ州立大学のロバート・ホルトン (Robert A. Holton) が全合成。
天然だけでは原料調達ができないために1989年にホルトンにより半合成法が確立されました。
特許を買い取りタキソールを独占販売したのはブリストル・マイヤーズ・スクイブ社
植物名のタキソールをそのまま商標としています。
日本では1997年に認可され、現在はジェネリックも販売されています。
乳がん、子宮ガン、肺ガン、肝臓ガン等、いろいろな部位の悪性腫瘍に
使用されます。
絶頂期には年間約2,000億円を売り上げたといわれます。