日本人の平均寿命は82才前後と先進国並みであるにかかわらず、健康寿命となると72才位と他国に差を付けられています。
その主要原因は癌(がん)と推定されていますが、どこの国でも癌は難病であり、発がん遺伝子の変異は多くの人々に存在しています。
ただし、突然変異している遺伝子は必ずしも癌を発症するわけではありません。
日本人の癌発症度が高い理由は数々推定されていますが、放射線、環境汚染と並んで食生活が主要地位を占めていることに異論のある研究者は少ないでしょう。
理由は先進国の中でも発がん性物質に関心が薄く、安全性確認に人任せが根付いているからです。
日本は認可済み添加物総数の3分の1を占める化学合成食品添加物数が先進国中で最大の350種類以上。
イギリスの15倍、フランスの10倍、アメリカの3倍といわれます。
*IARC(International Agency for Research on Cancer)
1. グルタミン分解の阻止による老化細胞除去
「健康寿命を延ばす若返り」第2話の人工甘味料と変わらぬくらい食生活に密着している「人工アミノ酸調味料」は「昆布だしのうま味に相当する」といわれるLグルタミン酸ナトリウム。
発見から100年以上経過していますが、調味料として商品化して以来、*永らく安全性の議論が続いています。
グルタミン酸は内因性興奮毒を持つといわれ、視神経障害、パーキンソン病、緑内障、片頭痛発症の可能性が論議され続けていますが、最近になり、その有害性とは切り口が異なる、新たなグルタミン関連研究論文が再度話題となっています。
2021年発表時にロハスケではコラムを掲載しましたが、「健康寿命を延ばす若返り」には欠かせないテーマです。
話題が再燃しているのは2021年1月15日のサイエンス誌に掲載された日本の有力研究所で構成する癌(がん)研究プロジェクト・チームの論文です。
テーマは
「グルタミン分解の阻止による老化細胞除去が加齢諸疾患発症を改善する」
*「Senolysis by glutaminolysis inhibition ameliorates
various age-associated disorders」
神経系の興奮性伝達物質のグルタミン酸は体内生成される非必須アミノ酸。
「グルタミン分解の阻止」とは「体内でのグルタミン酸生成の阻止」です。
*Senolysis(老化細胞除去)、*glutaminolysis(グルタミン分解の阻止)
*ameliorates(改善する)、*glutaminolysis(グルタミン分解の阻止)
2. プロジェクトのチームの構成
東京大学医科学研究所癌防御シグナル分野の中西 真教授ほか、以下の研究所メンバーによりチームが構成されています。
九州大学生体防御研究所
新潟大学大学院医歯学総合研究科
慶應義塾大学医学部 医化学教室
理化学研究所 メタボローム研究チーム
国立長寿医療研究所 老化機構研究部
3. 老化が進行する老化細胞の蓄積
加齢とともに体内には老化を起こし、分裂能力を失った老化細胞が蓄積(Senescent cells accumulate)しますが、日常的に繰り返される細胞の自然死(アポトーシス)とは異なり、老化細胞(Senescent cells:Senolysis)には生存可能な持続性があります。
「染色体のテロメア寿命が尽きた老化細胞が除去されず体内に居残る」のが老化や癌が進行する
大きな原因といわれますが、「居残り老化細胞が除去できない原因はグルタミン酸」
「グルタミン酸の老化促進作用を制御することにより、老化細胞除去が進み、
癌や様々な加齢性疾患を防ぎ、健康寿命を延ばす若返りに効果があるのでは」がチームの結論。
実験室段階の報告とはいえ、研究チームが有力研究者で組織されていることもあり関係者に注目されることとなりました。
4. 居残り老化細胞による加齢性慢性炎症物質分泌(SASP)
居残り老化細胞は加齢性慢性炎症物質分泌(SASP)の母体となり、様々な加齢性疾患の原因となる炎症性サイトカインなどの炎症性物質を分泌する悪玉細胞。
*SASP:Senescence-associated secretoryphenotype
癌研究プロジェクトチームは
「生存を続ける老化細胞には体内生成されたグルタミン酸が顕著にみられる」ことを発見。
体内で生成されるグルタミン酸を排除することが加齢性疾患や老化の防止となることを見出しました。
5. 老化細胞にグルタミン代謝酵素グルタミナーゼ1を発見
第一の課題はグルタミン酸の体内生成促進機能を持つ遺伝子を探すこと。
プロジェクトチームはグルタミン酸生成に必須な遺伝子群を探索し、*グルタミン代謝酵素グルタミナーゼ1を同定。
*グルタミン代謝酵素グルタミナーゼ1:GLS1(the glutamate metabolic enzyme)
グルタミン酸の老化促進作用を*阻害剤で制御することにより、老化細胞除去が進み、
「健康寿命を延ばす若返り」に効果があることを確認しました。
ただし阻害剤は実験段階であり、実用出来るかどうかは不明な段階ですが、「長寿にはグルタミン代謝酵素の排除が近道」を意味しており、言い換えれば、調味料、サプリメント、食品などでのグルタミン酸の摂取を最小限にすれば細胞の活性化が得られ、長寿に近づけることとともにCOVID-19 などの予防感染症も予防ができることを暗示しています。
グルタミン代謝酵素グルタミナーゼ制御に関しては各国の多くの研究者が抗がん剤のターゲットとしており
副作用が懸念される医薬品の制御材ばかりでなく、多くの天然植物のアルカロイドやポリフェノールがターゲットとなっています。
中国と並ぶ医薬品大国のインドではアーユルベーダ療法の見直しが政府主導で行われていますが、ノギボタニカルではドイツの医科大学が研究するブドウ・レスベラトロールのグルタミナーゼ制御機能に抗がん効果ばかりでなく、老化細胞除去が健康寿命を延ばす若返り効果にも注目しています。
6. プロジェクトチームのニューズレリース声明:
「研究は生体内から老化細胞だけを特異的に除去(senolysis)することで、老化細胞の蓄積に伴う臓器機能の低下や老化関連疾患の発症、さらに個体老化そのものの抑制を目指すもので、肥満性糖尿病、
動脈硬化症、および非アルコール性脂肪肝(NASH)の症状改善に有効であることも見いだしました」
(参考)
7. グルタミン酸の阻害剤
医薬品としてはグルタミン製剤がありますが、アメリカ食品医薬品局 (FDA)はヒトに対する十分な研究がなされていない物質と見做しており、多量の遊離グルタミン酸を体内で処理できない特異体質者、アレルギー・ぜんそく体質者、妊婦や授乳期の女性。
腎臓、肝臓疾患を持つ患者は摂取を控えるべきとしています。
GLP-1(glucagon-like peptide-1)受容体作動薬リベルサス
グルタミン代謝酵素グルタミナーゼ1の阻害剤は実験用ばかりでなく糖尿病の治療薬としてGLP-1受容体作動薬の「セマグルチド:Semaglutide」、発売されています。
同じくGLP-1受容体作動薬のリベルサス(ブランド名)は2020年度より販売されているノボノルディスクファーマ株式会社(Novo Nordisk Pharma Ltd.:デンマーク)の注射薬ですが、2021年2月からは経口投与薬リベルサス錠が発売開始されました。
8. グルタミン酸ナトリウムの安全性論議
Lグルタミン酸ナトリウム(グルタミン酸ナトリウム:monosodium glutamate :MSG)の生産は推定350万トンといわれ、昆布だしの代替として東南アジアや発展途上国を中心に多くの加工食品に使用されています。
数多い種類の加工食品に添加されていますから、摂取総量は人それぞれ。
長短期ともに累積摂取量を推定することは不可能に近いといえます。
*JECFA によって安全な摂取量が模索されていましたが、一旦は決めてみたものの(1974年)、
人それぞれの摂取量を測ることが難しいため1987年に長期使用の安全性は不明(not specified)とされています。
放射線や環境汚染による発症原因が分かりやすいことに比べ、食生活は人それぞれですから、添加物の癌発症を特定するのは難題です。
疫学研究を軽んじる方も少なくありませんが、疫学的研究こそ「健康寿命を延ばす若返り」に大事な学問です。
限りなく発がん原因物質と疑われても、食材や添加物の危険性は摂取量に左右されますから断定にいたることは、まずありません。疫学研究が重要な意味はそこにあります。
原因物質によっては発がんが、数十年後ということもあるでしょう。
主食になる食材には「腹いっぱい」という限度がありますが、多種多用の加工食品や調理に使用される添加物となると、摂取総量の推定さえ難しくなります。
(Chinese Restaurant Syndrome)中華料理店症候群
大量に摂取してしまう消費者が多いために健康を害するケースの多発が指摘された最初は1968年にニューヨークのマンハッタン地区の中華料理店利用者らに発生した、 (Chinese Restaurant Syndrome)。
手足のしびれ、心臓の動悸、偏頭痛などの症状が発生し、医師がその経緯を専門誌に投稿(the New England Journal of Medicine)して明らかになったものです。
Lグルタミン酸ナトリウムは人工甘味料、肉類加工品に使用される亜硝酸ナトリウム、水産加工品に使用される様々な化学物質に較べれば安全といわれますが、安全性の議論が絶えないのは、グルタミン酸そのものの味が分かりづらく、過剰摂取の危険性が常にあるからでしょう。
安全性を審議する*JECFA には「何のためにわざわざ昆布だしの化学物質調味料を作るのか」との
疑問があるともいわれています。
*JECFA(Joint FAO/WHO Expert Committee on Food Additives):
国連のFAO(国際連合食糧農業機関)とWHO(世界保健機構)が共同で食品添加物の有害性を認定する食品添加物専門家会議。
各国の添加物規格に関する専門家及び毒性学者からなり、各国によって実施された添加物の安全性試験の結果を評価し、一日摂取許容量(ADI)を決定している。
*FAO:(The Food and Agriculture Organization of the United Nations)
9. サプリメントや食品添加物による特定アミノ酸の過剰摂取被害
アミノ酸は体組織の根源をなすものですから偏った過剰摂取は体に異変を起こす元となります。
サプリメントや添加物による特定アミノ酸の摂取はいずれにせよ慎重であるべきでしょう。
体内生成する非必須アミノ酸(グルタミンは体内生成ではグルタミン酸)ばかりでなく体内生成できない必須アミノ酸も同様です。
「危険なアミノ酸バランスの崩壊: 継続的合成アミノ酸摂取と医薬品による腎臓障害の多発」
合成必須アミノ酸の安全性に関して米国でサプリメントによる大事故が起きてから、厚生省は1990年3月31日に生活衛生局食品保健課新開発食品保健対策室長が「アミノ酸を含有する健康食品の取扱について」を通知。
「特定のアミノ酸を高濃度に含有させた健康食品を継続的に摂取すると、アミノ酸バランスを損なうおそれがあるので,このような健康食品を継続的に摂取することのないよう注意すること」としています.
「トリプトファンによる好酸球増多筋痛症候群(EMS)事件」
1990年代に発生した必須アミノ酸のL-トリプトファン・サプリメントによる好酸球増多筋痛症候群(EMS)発症は、日本企業が2,000億円を超えるとも言われる賠償金を支払った大事件でした。
合成アミノ酸添加による加工食品やサプリメントが10年来のブームともなっている現在、その事件を思い起こし、学ぶことは健康長寿の勝ち組になるに必須の知恵。
この事件は必要悪として合成アミノ酸を大量摂取するプロスポーツ選手や芸能人の真似をする危険性をも示唆しています。
10. 米谷民雄(まいたに たみお)博士
ロハスケのコラムでは、この健康障害事件発生当時に厚生省(厚生労働省)で事件を担当され、日本食品衛生学会会長を務められる米谷民雄(まいたに たみお)博士の回顧記録(2009年:食品衛生学雑誌)をベースに、事件をダイジェストで紹介しています。
米谷博士は京都大学薬学部で食品衛生学、食品化学、分析化学などを学び、厚生労働省では残留農薬などによる食品の汚染についての調査や、食品に含まれる金属について化学形の分析をテーマにされていました。
「必須アミノ酸製品等による健康影響に関する調査研究」が、厚生労働省での最後の研究報告となりましたが、安全性の高いアミノ酸合成と、適正摂取量のむつかしさをよく知られている方です。
産業振興と消費者保護を両立させ無ければならない立場ですから、中立性、公正を保つ報告書の作成には相当な困難があったことが伺えますが、適格に事件内容を把握されて、消費者への警告がなされています。