■「ポスト中国」の一番手は?
21世紀を迎えてから、世界経済は中国の驚異的な経済膨張に引っ張られてきましたが、
その中国に息切れの様相が表れてすでに久しくなっています。<労賃の急上昇を始め、
過剰投資の金利負担等も絡み>競争力低下と産業空洞化、経済格差、既得権益の肥大化と
腐敗、不動産バブル、<過剰在庫>環境問題、少子化政策のツケから若年労働者不足…と
深刻な問題が続々と露呈、かの国の<高度成長期は着実に終焉したと、言ってもよさそうです。
しかも、国家資本主義の弊害と資本主義経済の未熟な仕組みに金する統計処理の誤謬が表出して、
中央政府の指令を受けた数字を必ず上回って報告する地方経済の数字には、上げ底どころか、
マヤカシが積みあがって、実際の経済成長率は、政府発表数値の半分以下だろうと言うのが、
中国通の定評ですから、このところの実質成長率は3%内外と見ておくのが妥当と思われます。>
「ポスト中国」の一番手として、人口でも引けを取らないインドを上げる識者は多いようですが、
そうした一点集中論では、グローバル経済の新胎動を見逃してしまう恐れがあります。
中国経済圏を支えてきたのが、<日本や欧米の資本と技術供与に始まり>、周辺の
韓国、台湾、香港、シンガポールなどであったことに鑑み、ここはまず、
インドを頂点核とする「Aの字型」経済圏全体に注目すべきでしょう。
すなわち、インド洋沿岸諸国群の東軸(バングラデシュ、ミャンマー、タイ、カンボジア、ベトナム、
マレーシア、シンガポール、インドネシア、オーストラリアなど)と、
西軸(パキスタン、イラン、UAE,サウジアラビアを経てエチオピア、ケニア、タンザニア、
モザンビーク、南アフリカなど)の諸国で織り成す広域経済圏です。
これら諸国の多くは、1人当たりの国民所得が千ドルに満たない発展途上国も含みますが、
何といっても合算総人口が30億人近くもあり(世界人口の4割、中国の2倍)、
25歳未満生産年齢人口比もインド49%、バングラデシュ52%、パキスタン57%など、
豊富な若年労働力を備えた上に、中東の石油ガス、東アフリカには広大な農地と様々な
地下資源が眠っているなど、次世代の世界工場、エネルギーと食糧の供給地となるべき
将来性に恵まれた地域です。
特に、いずれもが海洋物流を活用できることで、相互補完性を発揮し、経済成長に向かう優位性を
秘めていることが第2の注目点だと考えます。
■向かうは中国の内陸、ではなくインド洋沿岸
<中国が、経済失調と内需不足に焦りを感じ、海外戦略を含む抜本的な経済金融政策の
大転換を模索しているのに対し>、インドは<中国よりも発表数値信頼性の高いとされる
経済成長率で数年前まで9~10%と高成長を続け、このところは、世界経済の不調もあり、
5~6%に落としていますが、実質数値で中国(実情3%か)を超える伸びを見せており>、
これに引っ張られる形で、インド洋経済圏が漸次本格的浮上を開始しそうな雲行きとなってきつつあります。
既に労働集約型世界企業が繊維産業の縫製工程を中国からバングラデシュ、インド、ミャンマーなどへの
大移動を済ませており、それにつられて、カバン、靴、オモチャ、家電、日用雑貨から自動車用部品、
金型工場までシフトを加速させつつあるため、すでに中国の広東、江蘇各省などでは
一部空洞化をきたしているそうです。
工場労働者の月給レベル(米$)を比べても、<中国の$4~500に対し、インドが$2~300、
さらにインド洋周辺諸国ではラオスの$30、ミャンマー$50、カンボジアやバングラディッシュが
$70~80ドルと格段の差がついております。>低賃金労働力以外にも、
アパレルのユニクロ、H&M、GAPからGM、スズキ、日産、など自動車メーカーまで、
さらに他業種でもGE、富士ゼロックス、大林組、ITのグーグルや楽天などが、中国で内陸へ向かうよりは、
海に面したインド洋沿岸諸国での製造を選び、撤退や縮小・国外移転を断行しています。
その方が部品原料、資源調達や製品輸出に至る物流をも加味した総合コストがはるかに有利だからです。
さらに、中国独自の規制や参入障壁、労働争議、知的財産権保護問題などを理由とする
撤退事例も続々と顕在化しています。「沈みゆく大船からネズミが逃げ出す」まさにそんな状況にあるようです。
■日本企業の手強いライバルに?
IT産業台頭で先行するインドでは、家電でもビデオコン、ゴトジンが、鉄鋼ではタタとJSWスチールが、
二輪車ではヒーローやバジャージが、そして自動車ではタタ・モーターズなどが、すでに国内市場で
優位に立つばかりか、グローバル市場でも存在感を示し始めております。
バングラデシュのウォルトンなど、家電から二輪車まで手がけ、国内シェア7割を誇る大成長を遂げています。
これら企業の特徴は、技術吸収力の速さと量産の巧みさにあります。
特に中国や韓国・台湾系企業にない独創性と開発能力を持っており、将来的には日本企業にとっても
手ごわい相手になりそうだといわれています。
一方、「世界で最も熱い資源フロンティア」と呼ばれるのが、ケニア、タンザニア、モザンビークです。
沖合いの巨大な海洋油田、ガス田は、今や世界の注目の的になっており、これに、
<目下、宗教民族紛争と政情不安こそ抱えておりますが、>世界最大のサウジ、UAE、カタールなどの
湾岸産石油・ガス地帯を合わせ、さらにインドネシアと南アフリカの石炭をあわせると、
インド洋経済圏は域内でエネルギーを完全調達できる有利さを持ち、エネルギーの対外依存が
深まる中国や日本とは、極めて対照的といえそうです。
中東・アフリカは既述のようなテロ紛争に加えて、弱点は食糧調達の不安定性ですが、
エネルギー輸出で稼いだ外貨を域外へ投融資して、東アフリカの農耕地開拓、灌漑設備増強と
節水農業技術普及(これは日本にとっても大チャンス)に努めれば、食の自給どころか、
穀物・コーヒー・砂糖などの輸出地帯へ転進できる可能性も秘めているのです。
■出でよ、〝インド洋の渋沢・新渡戸〟
あえて、この超有望経済圏の難点を探すと、行き着くのは「人種・民族・宗教の多様性と
未熟な民主主義」から生ずる対立・緊張関係が、政治、経済、外交の協調性を阻害するのではないか、
というリスクでしょう。
これを乗り切るカギは、「豊かさへの切望・成長への期待」と「日本・韓国・中国などの成長をモデルとし、
富の蓄積を刺激剤とする」ことです。すでにインドやインドネシアは高成長路線を歩み、
軍政から対話路線に転じたミャンマーには外資が参入を始め、東アフリカには欧米、日中韓諸国が
資源への投資参画を開始しています。投資国と被投資国がいかに〝Win-Winビジネス関係〟を
構築するかがポイントになるでしょう。
もともとインド洋経済圏には、中世に偏西風を利用した貿易ルートができあがっていたという歴史があり、
すでにインド人コミュニティー(印僑)がシンガポールから中東・アフリカまで広がっていた(そして、
今もそうです)のですから、それを再強化するだけの話でもあるのです。
東アジア・環太平洋経済圏からインド洋経済圏へ、さらなるグローバル時代を迎えようとしている今、
わが日本としては、民間外交・国際交流強化こそ喫緊の課題だと考えます。
明治末から昭和初期まで「太平洋の橋」となった渋沢栄一や新渡戸稲造をモデルに、
今度は実業界・学界に「インド洋の橋」になり、「日本を発信できる」人材が求められているのです。
画像提供 深谷市