ズワイガニ(松葉ガニ、越前蟹:Chionoecetes opilio)は冷製カクテル・ソースも美味しい
(*中央は生シラス)
アジアの食用蟹文化(5):アジアの食用蟹図鑑
1.西高東低のカニ食文化:庶民には縁遠くなったタラバガニ、ズワイガニ、ケガニ
世界一のエビ好き日本人は蟹(カニ)も大好き。
他国に比べれば常食する種類が最も多い国かもしれません。
ただし、西日本と東日本太平洋岸では食用蟹(かに)の多様さが異なり、
山陰地方、瀬戸内海地方から九州ではローカルな食用種が豊富。
日常的に多種類が身近なことでは西日本以南が勝ります。
首都圏など太平洋沿岸地域住民のカニ食量は産地が近い日本海沿岸や北海道民に較べて、
半分にもなりません。
首都圏では豊洲中央市場を除けば一般市場経由で入手できる活き蟹は通年で約7~8種類。
毛ガニ、タラバガニ、花咲ガニ、ズワイガニ、上海カ二、ワタリガニ(ガザミ)、
ヒラツメガニ、沢蟹くらい
需要の多い新鮮なケガニ、ズワイガ二、タラバガニなどの規格品はキロ5,000円から数万円。
3品種の本来の国内需要は150,000トン/年はあるでしょうが、60年代以来、減産と価格高騰が続き、
現在は、とても庶民の食材とは言い難いのが実情。
欧米でキング・クラブと呼ばれるタラバガニは確かに世界の王様の風格と風味。
日本に限ったチャンピオンならば日本船で、そこそこの漁獲があるズワイガニがふさわしいでしょうが、
とびぬけた高価格。
大衆の食卓から離れてしまった食材をチャンピオンに推薦するわけにはいきません。
ここでは価格が比較的安いベニズワイガニをチャンピオンに推奨しています。
ベニズワイガニがケガニ、ズワイガ二、タラバガニに味覚に勝るわけではありませんが
チャンピオンに推奨するのは他に較べれば最も身近だから。
昨今の日本のカニ総漁獲量は30,000トンくらいしかありませんが、このうちベニズワイガニが
3分の2くらいと最大を占めることも推奨理由です。
2.タラバガニ(Paralithodes camtschaticus)
写真上段は活き.下段はボイル後のタラバガニ.
甲羅の中心部に上下二つづつ6個の突起が特徴です。
タラバガニ(Paralithodes camtschaticus)は1960年代は30,000トンくらいの漁獲がありました.
70年代から急減し後半には500から1,000トン足らず.1992年に2,000トン超のピークが
ありましたが、その後の日本船漁獲は100トン前後でしょう.
1992年以降は輸入が急増.現在の正規輸入品は40,000トンから50,000トンくらいのようです.
密輸、密漁品は「活き」で出回ることが多いですが、自然死(苦悶死)も多く、価値が低くなっています。
(写真上)アブラガニ (Paralithodes platypus)
料理屋、レストランなどでタラバガニと偽称されることが多かった代表的なカニ.
価格が3割は安いですからアブラガニをタラバガニとしたら偽称、詐称です。
タラバガニ(Paralithodes camtschaticus) の突起数と突起構成をアブラガニと
較べてみてください.
タラバガニに較べ甲羅の高さ(厚さ)がやや扁平で背の突起が全体に少ない.
甲羅中央の下部突起数がタラバ6個、アブラ4個ですので分かりやすいと
いわれます。(写真下を参照)
タラバガニ、アブラガニ、ハナサキガニ、イバラガニモドキなどは、ヤドカリ下目。
通を自認したい人々は、足が10本に足りないヤドカリ下目だから蟹(かに)と呼べないと
主張しますが美味しい食材探しや料理には分類学、理屈は不要.
食材としてならば足が8本でも詐称、偽称とは言えないでしょう。
たまに安く売られるケガニ、ズワイ、タラバガニは密輸、密漁カニが多いといわれます。
古い冷凍物在庫の放出を狙う人もいますが、これは水分が抜けてパサパサ。
「安物買いの銭失い」です。
アブラガニ
タラバガニ
4.イバラガニモドキ(Lithodes aequispinus Benedict).
写真上)イバラガニモドキ(Lithodes aequispinus Benedict).(茨城県那珂湊港)
このカニは珍しい特大サイズ.市場の方のゴム長靴と大きさを比較してください
アブラガニ (Paralithodes platypus)、タラバガニ(Paralithodes camtschaticus)
に酷似していますが、足が長く、小ぶりで温帯地域でも採れます.
「活け」ならばとても美味.
5.ハナサキガニ(花咲ガニ:Paralithodes brevipes )
ハナサキガニ(花咲ガニ:Paralithodes brevipes )
見栄えも味も良い蟹ですが、漁獲量、流通量が少ないために
首都圏に常時はありません.
(写真上)花咲ガニのピラフとグラタン.
カニの甲羅を使用したグラタンは各国で最も普及しているカニ料理.
鮮度が多少落ちても美味しく食べることができます.
ホワイトソースと蟹の香りは抜群の調和.
6.ズワイガニ(松葉ガニ、越前蟹:Chionoecetes opilio)
日本船によるズワイガニの漁獲は良い年で5,000トン足らず
(世界のカニ漁は安定漁獲が難しいために極端に数字が変わります)。
5,000トンならば最近の世界の漁獲総量からみれば決して少なくありませんが
国産ズワイガニ(松葉ガニ、越前蟹:Chionoecetes opilio)の「活きたオス」は
伊勢海老以上に高価。1キロ3万円から4万円でも買えるかどうか。
関東以北で「活け」を食したことのある人は珍しいでしょう。
ズワイガニのメス(セイゴ、セコ、コウバコ)は市場価値が非常に低いようですが
時期が良ければ美味しいカニみそ、卵、卵巣が多く、パフォーマンスで論ずるならばお値打ち。
コウバコは香箱とも書かれてファンが多いようです。
価格がオスに比べ非常に安い分お買い得でしょう。
ズワイガニは数万トンが輸入されていますが、北海の輸入品はキタズワイガニと通称して
区別する業者もいます。
ズワイガニはアラスカ半島、ベーリング海などの貴重な水産資源。
欧米では一般的にタナー・クラブ(Tanner Crab)と総称されていますが
Alaska Snow Crab, Queen Crab, Spider Crab, Grooved Tanner Crabなどとも呼ばれます。
米国人はタナー・クラブを3種に分けています。
一つが日本でバルダイ(学名由来)と呼ばれるオオズワイガニ(Chionoecetes bairdi)。
かってはアラスカからブリティッシュ・コロンビア州、オレゴンまでの比較的浅い海域で
漁獲できたそうです(ロシア人、日本人が獲りすぎて1976年には激減したと非難されています)。
その他のタナー・クラブは
ミゾズワイガニ(Chionoecetes tanneri)とトゲズワイガニ(Chionoecetes angulatus)。
カリフォルニアからアリューシャン列島(the Aleutian chain)までの500メートルから3,000メートルの
深さに生息する種類です。
1961年の米国のデータではタナークラブ3種は北大西洋で151,000トンという記録があるそうですが
1984年には540トンになってしまったそうです。
下記でタラバガニ、ズワイガニ漁場をレポートしています。
「北海の蟹漁(かに)最前線は太平洋戦争の激戦地:
アリューシャン列島アッツ島の玉砕」
https://nogibota.com/archives/2471
7.ベニズワイガニ(Chionoecetes japonicus Rathbun).
(写 真上)ベニズワイガニ(Chionoecetes japonicus Rathbun).
(千葉県銚子港)
大型カニでやや身近なのがベニズワイガニ(Chionoecetes japonicus Rathbun).
ズワイガニと異なり熱を加える前から赤いのが特徴.
新鮮ならば味も良く、見栄えのするカニですから日本の暫定チャンピオンに推奨。
大型種では最も国内漁獲が多い品種(約20,000トン)ですが、ズワイガニ同様
輸入が数倍も多く、大半は加工用に使用されます.
茨城沿岸などでも採れるために関東では「活け」も珍しくありませんが、捕獲量は少量.
兵庫県香住港では漁獲されるベニズワイガニを「香住ガ二」とブランド化しています。
8.ガザミ(ワタリガニ:Portunus trituberculatus Portunidae)
(写真上)タイワンガザミは日本でも養殖されている。
(写真上)ケガニ(毛蟹)(Erimacrus isenbeckii)
輸入を含めて漁獲量は多い時で2,000トン/年くらいといわれますが
定かではありません。
タラバ、ズワイと並んで密輸、密漁が多い品種。
ロシアのアジア勢に対する密輸、密漁の取り締まりが厳しくなり、
2015年ごろからは漁獲量が急減。
可食部分が多く、独特の香り、甘みがあり、超といえる美味。
ロシア、アラスカなどからの輸入品を中心に、かっては関東以北で常時流通し、
入手しやすい高級蟹でしたが、2016年ごろからは良質品が少なくなりました。
ワタリガニ、モクズガニなどと同様に、主として活きガニが流通しますが、
元気のよいことが条件。
自然死(苦悶死)した商品は身のしまりに欠け、漁獲時に茹でて
窒素ガス冷凍した商品よりはるかに劣ります。
産卵期を除くと内臓はそれほど多くありません.
サンフランシスコ港の茹でたてダンジネスクラブ(Metacarcinus magister)を知っている若者も、
この毛蟹が半世紀前には北海道の風物詩として著名だった時代があったことは知らないでしょう。
青函連絡船で函館に渡り、札幌を目指す朝の函館本線.長万部(おしゃまんべ)に着くと
窓越しに熱々茹でたて毛蟹の売り子が声を上げる。
窓が開かない急行が素通りする時代では懐古もできませんが、
庶民的な値段で買え、包装は新聞紙.
忘れがたい風情があったと伝えられています。
10.アサヒガニ(旭日蟹:Ranina ranina)
産地は関東以南。南方系といわれますがオセアニア、東南アジアではそれほど見かけません。
統計が話題になるような量ではありませんが首都圏の魚やでは珍しくありません。
日本産は少なく、ほとんどはオセアニアなどから輸入されているようです。
キロ4~5,000円で売る業者もいますが、小型ならばキロ2,000円しないくらいのこともあります。
漁の外道で獲れることがあるようで、そんな時は新鮮な国産が安く売られます。
小ぶりでも身がしっかり詰まっており、とても美味しいカニ。他のカニと較べると毛ガニに近い味。
安く買えるチャンスがあれば見逃さずに賞味することをお奨めします。
11.タカアシガニ(Macrocheria kaempferi)
(写真上)タカアシガニ(Macrocheria kaempferi:高足がに)
写真右:江の島水族館.写真左:三津浜シーパラダイス(西伊豆).
関東では伊豆半島西海岸産が著名.相模湾でも採れ、三浦半島荒崎の料理屋などで出されます.
西伊豆戸田(へた)の旅館などの特色料理ともなりますが、どちらかというと、食用より観賞用.
左右合わせて4メートルを超える場合もある世界一の足の長さで水族館では目玉展示や剥製となっています.
12.ヒラツメガニ(平爪蟹:マルガニ:パドルクラブ:Ovalipes punctatus).
(写真上)ヒラツメガニ(パドルクラブ:Ovalipes punctatus).写真右は調理済み
東日本では普通に捕獲できますが、漁獲量が少なく人気もありません.美味しいのに食わず嫌いなのか。
地産地消で普段は魚屋、スーパーで見ることはほとんどありませんが、漁獲があれば首都圏でも
「まるがに」と称して、小さなサイズが売られることがあります.一匹100円くらい.
大きなサイズは少ないですが価格が跳ね上がります。
(写真上)オセアニアではヒラツメガニがパドルクラブ(Ovalipes punctatus)とよばれ春からスーパーに出回る
中心的商品.比較的安価です.(クライストチャーチ:ニュージーランド)
大型が流通しており、みそ(中腸腺)、卵(外子)、卵巣(内子)を楽しむカニ。
カニみそがとても豊富で美味しい(写真右)。
13.サワガニ(沢蟹:Geothelphusa dehaani)
日本の固有種といわれる小さな淡水産のカニ.
北海道を除く各地に産するが、産地により個体の変化が大きい.
懐石料理、小料理の飾りに使用されることが多い.
甲羅の幅は2-3センチ位.居酒屋などで肴としても珍重される.
キチン質の歯ごたえと独特の香りを楽しめる.
淡水系ゆえに寄生虫を警戒するため調理法は素揚げが多い.
活きガニ15-20匹くらいが小売りで約300円位から(2014年:写真は高知県産)
14.チュウゴクモクズガニ(上海ガニ:Eriocheir sinensis :Chinese mitten crab)
写真上)上海ガニの蒸し煮.(中国広東省広州のレストラン)
こってりした濃厚なカニみそは時期にもよるがオスもメスも非常に香りが良く美味しい。
食感は高級な赤ウニの粒のよう。
小型で可食部分が少ないにかかわらずブランド・カニともなれば中国沿岸部大都市の
高級レストランではかなり高価.安く食べたい人は地方都市へ行けばよいでしょう。
上海ガニの詳細はこちらを参照してください「上海ガニはなぜ高い:
宣伝上手が作り上げた高級食材」
15.その他のカニ類.下記を参照してください。
「アジアの食用蟹文化(1):ノコギリガザミとタイワン・ガザミ」
https://nogibota.com/archives/2540
「アジアの食用蟹文化(2):ソムタムプーとベンケイガ二(Sesarmops intermedium)」
https://nogibota.com/archives/2501
生鮮食材研究家:しらす・さぶろう