世界の10億人以上が悩む蚊などが媒介する微生物感染症。
その撲滅に貢献した研究者ら3人が2015年のノーベル医学生理学賞を受賞。
その一人がマラリア退治の有効成分をヨモギから分離した中国人女性の
屠??(Tu youyou:トゥーユーユー)博士。
本人には国家プロジェクトをリードして発展途上国の悲劇を劇的に救済できた
満足感があったでしょうが、その功績は同胞や欧米人研究者で発見を主張する
声の大きい学者たちに掻き消され、永年認められることがありませんでした。
80才を過ぎた2011年、トゥーユーユー博士の功績が認められ、
アメリカン・ノーベル賞といわれるラスカー賞(臨床医学賞)を受賞した時に起きた異論と
抗議の数々は周囲を驚かせました。
ラスカー賞はベトナム戦争終結3年後の1978年に彼女が中国政府より
その発見の実績により特別表彰されていることを重視。
彼女の発見に523プロジェクトが関与していることを認めながらも
彼女が主たる発見であることの何よりの根拠であるという認識でした。
(*屠??:Tu youyou)博士はいわゆる博士ではありませんが、関係者は
尊敬を込めて Drの尊称で呼んでいます)
その後彼女の功績をノーベル財団も認め、財団が世界に示したかったのは
北欧人の気骨と正義感。
これが初めてではありません。
山中博士のIPS細胞発見時にも似たようなことがありましたが
エイズ治療薬発見論争にノーベル財団が決着をつけたのは有名な話。
「2008年ノーベル医学生理学賞で示されたノーベル財団の正義」:
仏米「エイズ・ウィルス発見者論争の背景」
https://nogibota.com/archives/2154
「山中教授の皮膚細胞による卵子、精子合成とIPS細胞への日米政府の対応」
https://nogibota.com/archives/2309
すでに85才をすぎ、北京郊外で静かに余生を送るトゥーユーユー博士は
骨粗しょう症を患っていることもあり、静かに終止符を
打ちたかったかもしれません。
最近インタービューした記者によれば現在の彼女が時折利用する研究室は
微生物の保管庫を除けばエアコンも満足でなく、非常に質素。
本来なら特許料で巨大な収入が約束される発見ですが、共産主義の
中国だからか、医薬品製造会社の利益独占なのか、経済的に報われることは
多くなかったようです。
こんな実情を知ってか、質実なスローライフを愛する北欧人が
志の低い関係者のドロドロした名誉欲、金権主義へ示した反発が2015年の
ノーベル賞だと推測しています。
毛沢東がマラリアの治療薬開発に523プロジェクトを立ち上げたのは
彼女が39歳の時。
アメリカが数十万の兵士を送り込み南ベトナムを支援。
ソ連、中国が北ベトナムを全面支援していた1970年ごろ。
数十年来のベトナム南北戦争は終盤を迎えていました。
523プロジェクトはゲリラ戦を続ける北ベトナム軍が直面している
マラリア感染者の急増を救済する支援が目的でした。
Tu youyou:トゥーユーユー博士は浙江省(せっこうしょう)寧波市出身。
1930 年12月30日生まれ。
夫は文化大革命で拘束されていたため4歳の子を施設に預け、
中国薬学院(*Chines Institute of material medicine)の
研究所がある海南島に単身赴任。
*the Institute of Chinese Materia Medica at the Academy of Chinese Medical Sciences
中国に伝わる伝統医学からのヒントを得ようと多数の実務家(漢方医など)を
訪ねることが最初の仕事だったようです。
抗マラリアに関する情報を記したノートは詳細かつ膨大な資料となりましたが
2000件を超える処方情報から彼女がターゲットとしたのはクソニンジン。
マラリアのように間欠的に発熱する熱病に効果的な効能を持っていました。
1,600年前の「とっておきの緊急処置」と題する処方は
クソニンジン一束を水につけて飲むこと。
ただし彼女は煮出しては成分流出があるはずと疑問を持ち
エーテルベースの溶剤を使用して35℃で抽出する方法を選択。
動物テストの成功で今度は仲間と自身に投与してテスト。
これにも成功しました。
次は治験。これまでのキニーネ系薬剤に抵抗性をもつマラリア原虫の患者を
回復させることに成功。
クソニンジン(Chinese wormwood :Qing Hao:Artemisia annua L)
特効薬アーテスネートはヨモギの近似種類であるキク科ヨモギ類のクソニンジンから
抽出したアルテミシニン(アルテミシン)の水溶性誘導体(C15 H22 O5.)。
一株のクソニンジン(黄花蒿:Artemisia annua L)
彼女が研究の経緯を匿名で論文出版した時はProject 523が始まって
10年を経過していました。
一方、西欧ではクソニンジン成分のアルテミシニン(artemisinin) の
優位性を彼女が臨床で確立したのちも10年以上無視し続けました。
中国で発見、開発され中国の製造会社が生産していたからかもしれません。
「ヨモギのマラリア特効薬アーテスネート(artesunate:アルテミシニン)」
https://nogibota.com/archives/5710
ところがマラリア原虫は従来の医薬品にますます抵抗性をもつようになり
死亡者は増え続けます。
肝臓にダメージを持つ患者数も膨れ上がっていました。
半信半疑ながらも1990年頃から世界の注目はアルテミシニン(artemisinin)に
集中。
2000年前後にはコストパフォーマンスの良い、これまでの
医薬品メフロキン(mefloquine)との合剤が生まれました。
WHOが推奨していることもあり、マラリア治療は
ACT治療(artemisinin-based combination therapy)が主流となっています。
(*屠??(Tu youyou:トゥーユーユー)博士はいわゆる博士ではありませんが、関係者は
尊敬を込めて Drの尊称で呼んでいます)
the Institute of Chinese Materia Medica at the Academy of Chinese Medical Sciences