これであなたも生牡蠣博士第三話
秋風が吹くころになると米国東部では待ちに待った生牡蠣が市場に出てきます。
日本人のアメリカ通には25~30産地の生牡蠣を供することで著名なマンハッタンの
グランドセントラルのオイスターバー(Grand Central Oyster Bar:1913年創業)や
米国一古いレストランと言われているボストンのユニオンハウス・オイスターバーが
懐かしくなるシーズン。
なんといっても米国東海岸はアメリカ合衆国発祥の地。当然ながら牡蠣の歴史も最古。
東海岸の150年を超える牡蠣食の歴史はこの地独特の品種
イースタン・オイスター(クラッソストレア・ヴァージニカ種)が説明してくれます。
グランドセントラル・オイスターバー(Grand Central Oyster Bar ):
1913年創業.マンハッタンのグランドセントラル駅ビル内にあります。
Grand Central Terminal lower level
42nd Street btw. Vanderbilt & Lexington Aves. 212-490-6650.
アサチーグ島とチンコーティーグ島
原住民の牡蠣食歴を別にすれば、欧米人による東部海岸の牡蠣食の歴史は
1650 年1月に航海中に難破したヘンリー・ノーウッド大佐( Colonel Henry Norwood)が
アサチーグ島(Assateague Island)にたどりりつき、豊富な牡蠣で飢えをしのいだことに
始まるといわれます。
(大佐の著書「A Voyage to Virginia」に記載されているようですが未確認)
アサチーグ島はワシントンDC郊外のメリーランド州、バージニア州沖合を防波堤のように
またがる細長い島。
ヴァージニア州に移民が定住しはじめた1800年代には近接する
チ(シ)ンコーティーグ島(Chincoteague Island )のリーフでも多数の天然牡蠣が発見され、
島周辺や近隣のチェサピーク湾 (Chesapeake bay)、デラウェア湾(Delaware bay)では
天然牡蠣の漁獲と共に養殖が始まっていました。
その後1861年に南北市民戦争が始まり、チンコーティーグ島民は
南軍(Confederacy)に加盟したヴァージニア州圏内でありながら、1863年に
北軍(Union)に加盟。
経済を支えてくれる州と絶縁したため、牡蠣やハマグリなど水産物は島や北軍
の重要な食糧産業となりました。
今でも島では10月第2月曜日のコロンブス・デー(Columbus Day)の週末に
牡蠣祭り(Oyster Festival)を開催。
島には150年を超える北米カキ養殖の歴史を伝える
牡蠣海洋博物館(The Oyster & Maritime Museum:1972年開設) があります。
チ(シ)ンコーティーグ島対岸は広大なアサチーグ島のグリーン・ゾーン。
牡蠣を育む豊饒な海を作る森林は
国立野生動物保護公園(Chincoteague National Wildlife Refuge)となっています。
2.大西洋沿岸の養殖牡蠣(カキ)品種と産地
ヴァージニア周辺で始まった牡蠣養殖は移民の増加と共に北上。
フランス人が移住したカナダまで広がりました。
米国の専門家は北米大陸の主要産地を8~12海域に分けています。
大西洋沿岸海域には下記6か所。右端はその地域の著名産地
Canada
*プリンス・エドワード・アイランド(Prince Edward Island):Bedeque Bay
*ニュー・ブランズウィック(New Brunswick)
*ノヴァスコシア(Nova Scosia)(仏:Nouvelle Ecosse)
USA
*メイン州(Maine)
*ニューヨーク州、コネチカット州(New York Connecticut):New Haven Harbor(コネチカット州)
*チェサピーク湾(Chesapeake bay):James River(ヴァージニア州)
モントリオール(カナダ)のオイスターバー(Maestro)の黒板に掲示された多種類の
オイスター・ハーフシェル(生牡蠣)
大西洋、太平洋に分けられている。カナダのノバスコシア産は別扱い.
クマモトがジャパンとなっているのがご愛嬌.
アメリカ、カナダのオイスター狂(oyster junkie)が集まる
シーフード・レストランではシーズンになると黒板に
様々な種類の牡蠣名が書かれます。
オイスター・チャウダー、ディープフライなど調理メニューをオーダーする場合は
産地名を特定する(できる)ことはまずありませんが
英米語でハーフシェル(half shell)と呼ばれている生牡蠣は黒板に書かれている
その日のストックの産地名か品種でオーダーするのが慣習。
メジャーな養殖品種はフラット・オイスターのイースタン・オイスター(ヴァージニカ)、
カップ・オイスターのパシフィック・オイスター(ギガ:マガキ)のわずか2種類。
*クラッソストレア・ヴァージニカ(Crassostrea virginica)
*クラッソストレア・ギガ(Crassostrea gigas)
生牡蠣はたった2種類の品種でも産地とその海域(潮流、塩分濃度、水深、海藻など)、
養殖方法、サイズ、収穫年によって味覚が大きく異なるのはワインと同じです。
その他マイナーな養殖牡蠣(カキ)品種ではフランスから導入され、メーン州、
ノヴァスコシア州(カナダ)で養殖されている(2004年現在)フラット・オイスター
の通称ブロン(米:ベロン)
*オストレア・エデュリス(Ostrea edulis)があります。
米国で発見され商業的な価値を持つ天然牡蠣品種はヴァ-ジニカ種の他に
オリンピアと呼ばれる品種がありましたが、一旦絶滅し、再興後の生産量が微量
で東海岸では希少。
*オストレア・コンチャフィーラ(Ostrea conchaphila)
*オストレア・ルリーダ(Ostrea lurida)
コンチャフィーラはアラスカからメキシコのバハ・カリフォルニア(Baja California)まで西海岸全域に生息し、
パシフィック・コースト・オリンピア・オイスター(Pacific coast’s Olympia oyster)
と呼ばれた小型のフラット・オイスター。乱獲により絶滅。100年ぶりに再興中。
コンチャフィーラとカリフォルニア南部からメキシコ北部の狭い範囲に産するルリーダは同じ品種という説と
亜種、異種という説がありますが最近では亜種程度という説が有力。
再興までの100年間にオリンピアの名を冠したギガ種が販売されたため、永年の間
オリンピア種はマガキとされた歴史があります。
(近日掲載の第四話太平洋岸編参照)
3.全米最大規模の牡蠣養殖はチェサピーク湾 (Chesapeake bay)
メリーランド州とヴァージニア州にまたがるチェサピーク湾 (Chesapeake bay)は
160000平方キロに及ぶ全米最大の湾。
大西洋側最大のサスケハナ河(Susquehanna River)など150もの河川が流れ込んでいます。
(サスケハナは江戸時代に浦賀を訪れたペリー艦隊の旗艦名となっています)
チェサピーク湾は首都圏を背景に永年にわたり養殖漁業生産量が全米最大。
1800年代にヴァージニア州の牡蠣産業が繁栄期を迎える同じ頃には北部に隣接する
デラウェア湾(Delaware bay:デラウェア州) も繁栄期を迎えており、産業はニュージャージー州、
コネチカット州へと北上していました。
ところが1950年代に始まった病原性微生物(MSX、DERMOなど:第一話に掲載)汚染により
生産量は直近のピークであった1930年代に較べて10分の1に急減。
一旦は収まり、ダメージ後も全米需要の約半分位を供給していましたが、
1990年代に再発し、多数の牡蠣が死滅したため、その後10年間は価格も大幅に下落。
生産量は全米需要の1~5%くらいに衰退。
現在のチェサピーク湾、デラウェア湾の生産量は1870年代から1900年ごろまで
のピーク時に較べれば1%にも満たないといわれます。
太平洋戦争後に急成長した産業による湾岸汚染、牡蠣養殖の過密生産が疑われましたが
原因は不明のようです。
現在は主としてメキシコ湾岸諸州から移入された牡蠣を販売しています(2004年)が
最近2013年現在ではやや回復し、生牡蠣需要には対応しているようです。
全米の生産量はピーク時に10億万ポンドをはるかに超えたと推計されますが、
現在は約4,000万ポンド(むき身)にまで衰退。
4.チェサピーク湾岸の新品種導入議論
1980年代後半には牡蠣産業の壊滅的衰退に問題意識を持った人々が
新たなる品種の導入を検討し始めました。
ところが議論百出。設立されたチェサピーク湾委員会(the Chesapeake Bay Commission)が
1991年に出した中間報告は導入に否定的でした。
委員会で検討されたのは世界的に実績のある
日 本のマガキ(Crassostrea gigas)とスミノエガキ(Crassostrea ariakensis)でしたが、
生育性、味、抗病原性微生物などは、
在来種 クラッソステゥレア・ヴァージニカ(Crassostrea virginica)とあまり変わらず、
環境問題 (environmental risks)を加味すれば、特に導入メリットがないのではないか、
という報告でした。
ただし報告書の注記には、学術的検討はまだ充分でなく、
後は学者の判断でなく、政治的判断に委ねるとあります(2004年)。
チェサピーク湾に接するメリーランド、ヴァージニア、ペンシルヴァニアの
諸州はその後もヴァージニア海洋科学研究所
(VIMS:The Virginia Institute of Marine Science)を中心に検討を続けており、
1999年には1年間のスミノエガキ(西海岸で実績があります)との
比較テストでスミノエガキが在来種に較べ、生育性、味、抗病原性微生物ともに非常に優れている
という報告がだされています。
特に出荷までの生育速度は在来種が2-4年必要とするのに較べ、1年程度だったとのことです。
5.大西洋沿岸地域の養殖牡蠣品種の主役:クラッソストレア・ヴァージニカ種
チェサピークで養殖されたのはこの地やルイジアナ州のメキシコ湾沿岸、
ワシントン州太平洋岸に野生する天然牡蠣のクラッソストレア・ヴァージニカ種(Crassostrea virginica)
一般的にはイースタン・オイスター(eastern oyster)、またはアトランティック・オイスター、
ヴァージニア・オイスターと呼ばれています。
イースタン・オイスターはヴァージニア州、ミシシッピー州の州貝。コネチカット州の州魚介.
ルイジアナ州では丸い宝石状の形状由来で州の宝石となっています。
クラッソストレア・ヴァージニカ種(Crassostrea virginica)
(通称、俗名が非常に多い.代表的な通称が下記)
u イースタン・オイスター(Eastern oyster)、
u アメリカン・オイスター(American oyster)、
u グメリン(Gmelin):1791年に学名を命名したドイツ人学者に由来する気取った呼称.
u ガルフコースト・オイスター(Gulf Coast oyster )
u ブルーポイント・オイスター(Bluepoint):(ロングアイランド海峡産:Long Island Sound)
u トッテン・オイスター(ワシントン州:Totten Inlet )
u マルペック・オイスター(プリンス・エドワード島:Malpeque bay)
産地毎にイースタンオイスターが通称される俗名は、他にも沢山あります.
その他産地の通称例
u ボックス・オイスター(Box Oyster) (Long Island)
u シ(チ)ンコテーグ(Chincoteague) (West Virginia)
u ウェルフリート(Wellfleet) (Massachusetts、Cape Cod)
u コチュ(コチュイット)(Cotuit) (Nantucket)
u ケント・アイランド(Kent Island) (Maryland)
u パタックセント(Patuxent) (Maryland)
u アパラチコーラ(Apalachicola )(Florida)
u ブレトン・サウンド(Breton Sound)(Louisiana)
6.イースタンオイスターの代表はブルーポイント(Bluepoint)
米国のレストラン・メニューに載せられるブルーポイントは
イースタンオイスター(Crassostrea virginica)の通称。
全米で最も著名な牡蠣産地名の一つです。
ブルーポイントはニューヨーク州、コネチカット州にまたがるロングアイランド海峡(Long Island Sound)の
コップス(Copps Island)、タキシス(Tuxis Island) 、 シーダー・ポイント(Cedar Point) などで養殖される牡蠣。
この海峡に面してニューヨーク州サフォーク郡(Suffolk)ブルークヘブン町(Brookhaven)
の小村ブルーポイントがあります。
生のハマグリなどにも同じ名前があり、シーフードレストランや、生牡蠣や生ハマグリを出す
オイスター・バーの定番品として知名度は最高でしょう。
最近では他産地でブルーポイントを名乗る牡蠣が供されることがありますが、この傾向を嫌い、
オリジナルの海域で漁獲していた業者が独自にブランドを確立する動きがあります。
7.カナダの誇り:マルペック・オイスター(Malpeque Bay PEI)
オイスター・ジャンキーが最大の賛辞を送るのがプリンス・エドワード島(Prince Edward Island)
のマルペック・オイスター(Malpeque)と太平洋沿岸ワシントン州シアトル近郊の
トッテン・オイスター(Totten Inlet Virginica Oysters)(後編参照)。
いずれも米国人が好む伝統のバージニカ種。
マルペック・オイスターはマルペック湾で漁獲される天然牡蠣が主。
生産量が少ないために誰もが食せるわけではなく、いわば幻のオイスター。
チャンスがあった人はホースラディッシュやレモンなどを使用しないでそのままの香りを楽しみたいとは
通(connoisseur)の話。
品質はカナダ水産海洋省(Canadian Department of Fisheries and Oceans.)が厳密に
等級、サイズを規制しています。
生鮮食材研究家:しらす・さぶろう
初版:2004年10月
改訂版:2013年12月