1. 高級化路線以外の選択肢が少ない日本のフルーツ生産
日本のフルーツは世界と比較して美味しいものが多い。
メロン、イチゴ、リンゴ、ナシ、桃などは他国に類例が見当たらないほど
美味しい産品があります。
ところが美味しいのは品種改良された高級品ばかり。
ほとんどの生産者が高く売れる高級品を追求しますから
フルーツ全体の価格が他国に類例が見当たらないほど高くなっています。
国土が狭く、フルーツ栽培の適地が少ないのと、生産集約度が低く、
コスト高のために高級品に特化しないと競争力がないからです。
ブドウとかんきつ類は健康度が高いだけに温帯地域、亜熱帯地域の多くの国が
栽培し、価格競争が激しいフルーツ。
集約度の低い日本のフルーツ生産は普及品に限れば競争力がほとんどありません。
2. 日本のブドウはなぜ高い
日本は1960年代前半まではワイン市場が未熟で、ごく甘いワインが売れる時代でした。
ワイン用には米国原種(Vitis labrusca)の甘いコンコード(concord:黒色ブドウ)、
ナイアガラ(niagara:コンコードから派生した緑系ブドウ)などを導入していました。
近年は食用(table grapes)もワイン用もヨーロッパのマスカット系(muscat)がほとんど。
栽培の歴史は浅く、経験豊富とはいえません。
食用ブドウ栽培は総生産の9割以上を占め、マイナーなワイン用に較べたら
より手間のかかるフルーツですが、それが高価格のメジャーな原因ではありません。
ブドウが日本で高価格となるのは生産者の高級化シフトに加えて
普及品の輸入制限によるところが大きいのです。
日本は他国のようにブドウの健康面の認識が少なく、理解しようとするつもりもありませんから、
高率関税があたりまえのようにかけられています。
販売の現場ではキロ1,200円くらいの黒ブドウ並品が重さを明示せずにトレイにパッキング。
単位当たり400円から600円になるようごく小さな房(少ないパックは300gを切ります)に
重量調整しています。
欧米やアジア諸国では量り売りか、重量を明確にした袋入りが当然ですから
驚くべき不明朗さ。
(写真上下)ビニールハウスの栽培や1-2㌶の小規模な畑が主流と
ならざるを得ない日本ではブドウ栽培の集約化は困難.
高級化路線を取らざるを得ない.(写真上:山形県高畠)
写真上)長野県桔梗が原(右)と小布施(左).左は土壌改良の手間を省く小規模なプランター栽培.
(写真上)山形県上山
3. 食用黒ブドウの主流はマスカット種の巨峰系
東京圏のスーパー店頭では大粒のマスカット・アレキサンドリア系や巨峰系の高級品が
2,000円から2,500円(500gから800gくらい)
小粒や粒不揃いの並品でも一房が800円から1,000円で売られています.
(小粒の特売やシーズンピークならば1,000円/キロくらいもあります)
シーズンピークの8月末ごろからは中米から大粒ブドウも輸入されますが、新参の
ナガノパープルなど5種類以上の巨峰系が出回る時期で競合しますから
薄緑、赤系がほとんどです。
シーズン初めには1粒500円.一房数万円という巨峰系赤ブドウが高値で
売られるようですが今年の初セリではついにキロ100万円とか.
欧米先進国には秘密にしておきたいような事象.
市場では収穫の早い巨峰に続き、8月末ごろから収穫されるピオーネ(pione)、藤稔が
巨峰系大粒黒ブドウの主流。
ピオーネは巨峰とカノンホールマスカットを交配(4倍体)したもので、
収穫期は比較的遅い9月以降.高級化路線代表の一つ.
ピオーネには黒ブドウの主流となっている巨峰を上回る大粒ぞろいの高級品も多くなってきました.
(写真上下)収穫が早すぎたピオーネを行商が都市の街頭で販売.
大きい粒は100円玉くらいあるが粒が不揃い.900円から1,000円/㎏
正式なルートで販売される粒揃いは小粒で1.500円/kg、大粒で2.000円/kg くらい以上
ピークシーズンではこれより安くなります.
4. 日本の黒ブドウ:やまぶどう(Vitis coignetiae)
やまぶどうは日本の在来種黒ブドウ.栽培農家が数少ないのは食用、ワイン用ともに
米国種、欧米種にくらべ価格、栽培難度など問題が多いのでしょう.
コストパフォーマンスは良くありません.
(写真上下)やまぶどう(山葡萄:Vitis coignetiae)(山形県)
5. 日本の黒ブドウ:マスカット・ベーリーA
(写真上左)マスカット・ベーリーA(Muscat Bailey A)(山梨県)
(写真上右)マスカット・ベーリーAとピオーネのサイズ比較.
昭和年代初期にベーリー(Bailey)とマスカット・ハンブルグ(Muscat Hamburg)を交配
本来はワイン用に開発されていますが、コストダウンが期待できる国産食用黒ブドウの第一候補.
酸味は少ないが糖度が高く、香りも巨峰に近い.写真の一房(270g)で300円.
ピークシーズンならばこの半額くらいで売られることもありますからお買い得.
種アリがほとんどですがデラウェアより大粒で食べにくいことはありません。
(写真上左右)マスカット・ベーリーAの未熟(左)、完熟(右)の比較.
(参考写真上)成熟期途上のカベルネ・ソーヴィニヨン(Cabernet Sauvignon)
世界的に評価の高い赤ブドウですが食用にはなりません.
赤ワイン用のために摘果せず小粒のまま収穫します.カベルネ・フラン(Cabernet Franc)と
ソーヴィニヨン・ブラン(Sauvignon Blanc)を交配
6. 注意したい農薬汚染
温暖化で病害虫が増え農薬使用率がますます高くなっています.
果肉を生食する食用ブドウは食前に水洗いを十分にします.
ブドウの葉は無農薬で栽培しないと食用にはできません.
ヨーロッパではレスベラトロールなどポリフェノール豊富な
古樹(Vigne rouge:ヴィーニュ・ルージュ)のブドウ葉や茎を紅茶と混ぜて飲みます(右の写真).
ワイン用のブドウ葉は農薬が散布されますから専用の古樹(Vigne rouge)に限定して
有機栽培しています.
ブドウ葉で肉を巻いた料理もありますが、ブドウ畑から食用の葉は調達できません.
7. ブドウ輸入の高率関税が大衆化路線を妨げている
ブドウは現在でも17%のシーズン関税がかかり、約10,000軒の生産者が
保護されています。
オレンジやブドウが高いと感じる所得層は最低でも1,500万所帯で5,000万人以上.
国民の半数を占めます。
保護される生産者と購入する消費者の比率の大きさに驚かされます。
*かんきつ類生産者は約40,000軒.
生産者を保護するために永らく輸入数量規制と高関税で外国産品を水際で制止していました。
かなり緩和された現在でも約30%の関税が続いています。
ミカン類を主とするかんきつ類生産者はブドウのように高級品へのシフトがむつかしいために
保護する必要もあるでしょう。
8. 日本のブドウ生産は大衆化路線が可能か
日本の気候は相当部分が亜熱帯になりつつありますから
ブドウの生産には適さなくなっています。
産地を高地や北海道などに移転して細々生産を続けていますが
その生産量は18万トンくらい。
世界では実態不明な中国を除いてもワイン用中心に6,500万トンはありますから、
食用ブドウのみで比較しても日本の生産量は微々たるものです。
総生産量が世界の40位くらいでは、国のサイズから見て少なすぎますが
温暖化が進み適地が減少していく中で今後も明るい見通しが立たないのが実情。
結論的に大衆的な普及品の黒ブドウは今後輸入に頼らなければならない商品ですが
他の生鮮食材のように海外で適地を探し、邦人が中心となって生産するのも一法。
日本はブドウ総生産量の6.5割くらいが食用(table grapes)と推定されていますが、大半が
高級化路線ですから関税障壁を無くして安価なブドウを輸入しても競合することは少ないでしょう。
9. タイの黒ブドウは種類が豊富
ブドウは数千年の実績を持つフルーツ。
世界の生産量の大部分はワインとなりますが、食用としてもフルーツの王者の一角を占め
幅広い効能を持つ健康食材としては、もっとも評価されています。
熱帯地方、亜熱帯地方はフルーツの種類が豊富.安価で美味しいフルーツは
いくらでもあります。
そんな国々でもブドウは他で置き換えることが出来ないスーパー健康食材.
東南アジア諸国は中国やペルーから輸入してまで身近なフルーツとしています.
タイではヨーロッパのマスカット系ばかりでない
中国のアムール系(Vitis amurensis)なども散見できます。
大中粒の黒ブドウは1キロが約150円から300円.
10. マレーシアの黒ブドウはマスカット系
マレーシアの黒ブドウ.15リンギ/kgは約450円ですから物価比では超高価.
主流はMuscat of Alexandria とSchiava Grossa ( Black Hamburg grape)の
交配で作られたマスカット・ハンブルグ(Muscat of Hamburg).
(写真上)1㎏が8リンギ.約240円.グリーン系は安価(ジョホールバル)
(写真下)クアラルンプールでは10リンギから14リンギ. 超高級フルーツです.
黒ブドウは小粒
11. ベトナムの黒ブドウもマスカット系
(写真上)
左端はベトナムで売られている大粒の黒ブドウ.
中央の赤色ブドウはペルーからの輸入.(ホーチミンの生鮮市場)
ベトナムで売られている大粒の黒ブドウは
日本円でキロ300円くらい.中国からの輸入か?
中国では地場のオリジナル種(Vitis amurensis)と
マスカット・ハンブルグ(Muscat of Hamburg)を交配させているという.
*Muscat of Alexandria とSchiava Grossa ( Black Hamburg grape)の
交配で作られたのが黒色マスカットで著名なマスカット・ハンブルグ(Muscat of Hamburg)
12. アメリカの黒ブドウ
米国では国民的悩みである心臓血管病にブドウがいかに良いか.
ジュース、ワイン、生食の健康面での違いを生産者、販売者が詳細に解説しています.
温帯地方のメジャー健康フルーツとしてブドウを捉えているからです.
食用ブドウの産地は90%以上がカリフォルニア州.
黒ブドウは4月から12月まで供給できるように収穫期が異なる種類を用意しています.
特売となるのは種類が切り替わる時期.
黒ブドウの価格は特売でない限りポンド(約450g)当たり2から3ドル前後.
一パックは3ポンド入りが平均です.(スーパーストア:テキサス州2015年8月末)
写真上右はWitch Fingers(魔女の指) と呼称する細長い黒ぶどう. 通常品より高価.
アーカンサス大学(U.Arkansas)で開発された米国種(Vitis labrusca)と
ヨーロッパ種(Vitis vinifera)のハイブリッド.
真夏の短期間のみ収穫できる「はかなさ」が売り.
写真上左は有機栽培の種無し赤ブドウ.約3ドル/ポンドならば特別高価ではない
(フルーツ専門店:テキサス州2015年8月末)
(写真下)南米チリより輸入された種無し(sans pepins)赤ブドウ
13. 南フランスの黒ブドウ
写真上下の黒マスカットは6.50€(ユーロ)旬のシーズンで高めだそう
写真上下の薄緑色マスカットはイタリー産4.30€(ユーロ)
写真上下の薄黄色マスカットはフランス産Fendant(Chasselas blanc)6.50€(ユーロ)
(2015年8月末取材)
ヨーロッパのブドウはVitis vinifera種のマスカット(muscat)が主流.
216種類あるようです(The Vitis International Variety Catalog ).
食用黒ブドウはマスカット・ハンブルグ(Muscat Hamburg:Black Muscat)が主体.
マスカット・ハンブルグはマスカット・アレクサンドリア(Muscat Alexandria)が
原型といわれます.
マスカット・アレクサンドリアはフランス、スペイン、ポルトガルなどで白系の甘い
蒸留酒強化ワイン*(fortified wine:vin doux naturel)が作られるブドウです.
食用の薄い緑や黄色のブドウはイタリア系(Moscato Gialloなど)が多いようです.
*蒸留酒強化ワインはPort, Sherry, Madeira, Marsala, Commandariaなどが著名.
ポルトやシェリー、マデイラなどは長い航海にワインを積載するための防腐目的で
ブランデーを添加したといわれます.
南仏で売られていたイタリア産のマスカット
4.30€(ユーロ)(2015年8月末)
イタリア・マスカット系のMalvasia del Lazioto はMuscat of Hamburgのきょうだい.
Muscat of Alexandria とSchiava Grossa ( Black Hamburg grape)の
交配で作られたのが黒色マスカットで著名なマスカット・ハンブルグ(Muscat of Hamburg).
食用黒ブドウの主流ですがカリフォルニアで白のデザートワインが作られている例があるそうです。
黒マスカットは5.90€(ユーロ)
白ブドウのChasselat(Chasselas blanc)も同価格.いずれもフランス産.
黒板はChasselatですが一般的にはChasselas と書くそうです.
Chasselas blancはロワール流域で著名なソーヴィニヨン・ブラン(Sauvignon Blanc)の親戚.
スイス、南ドイツでポピュラーなワイン用、食用の白ブドウ.
(生鮮食材研究家:しらす・さぶろう)